金刀比羅宮 美の世界

題字・米今正一

第61話

姉妹神社縁組と金銀のお守り

蹴鞠の奉納が"縁結び"

八幡朝見神社宮司・神日出男

 ご縁というのは不思議なもの。琴陵容世宮司の父上・琴陵光重氏と私の父・神不二男が親友同士。よく神社本庁の会合で、一方は四国の代表として、もう一方は九州の代表として席を並べていたと言います。

 私と琴陵宮司が知り合ったのも、神道青年会全国協議会という会合です。親同士がそうであったように、私どもも席が隣同士となり、あれやこれやと話し合っているうちに互いに親しくなっていきました。もう十五年ほど前になるでしょうか。

 そのころ、八幡朝見神社(大分県別府市)では、平成八(一九九六)年に創建八百年の大きな祭りを控えていました。私どもの方は楽部(がくぶ)も持たず、巫女(みこ)も少ない。さて、奉祝行事をどのように執り行おうかと悩んでいたところ、声を掛けていただいたのが琴陵宮司でした。

八幡朝見神社御創建800年祭で奉納された金刀比羅宮の蹴鞠。同宮の蹴鞠が九州で奉納されたのは初(1996年10月19日)
八幡朝見神社御創建800年祭で奉納された金刀比羅宮の蹴鞠。同宮の蹴鞠が九州で奉納されたのは初(1996年10月19日)

 こんぴらさんには、有名な蹴鞠(けまり)が伝わっていますが、それを奉納していただけるというのです。こんぴらさんの蹴鞠が豊後水道を渡って、九州にやってくるのは何しろ初めてのこと。当初は蹴鞠だけとのことでしたが、楽部による雅楽の演奏と巫女による浦安の舞の奉納と、話はどんどん膨らみ、創建八百年祭に華を添えてもらえることになりました。

 祭り当日(平成八年十月十九日)は、はるばる四国から総勢二十人あまりのみなさんが、別府へ来られ、雅な蹴鞠と雅楽の調べ、舞を境内で奉納。夜にも「雅楽と蹴鞠の夕べ」が開催されたほか、子どもたちを対象にした蹴鞠教室も開かれ、別府市民を楽しませていただきました。

金銀のお守り
金銀のお守り

 こうした交流を機に、金刀比羅宮と八幡朝見神社の間で姉妹神社縁組を結ぶことが、その場で決まりました。全国でも初めての試みで、各地のお宮から注目されたものです。平成十四年正月からはその記念にと金銀のお守りを作り、双方で三千セットずつを参拝者へ授与させていただいております。

 金刀比羅宮へは私自身、もう三十回以上、ご参拝していますが、何と言ってもお山全体に漂う霊気、それに長い石段が心に残ります。「まだかな、まだかな」と、ご本宮へたどり着くことだけを考えながら、一歩一歩登っていくわけですから、無心になれるわけです。七百八十五段を登りきった達成感と、のどかな讃岐平野が心を和ませてくれます。

金刀比羅宮奥社。山登りの雰囲気も味わえる
金刀比羅宮奥社。山登りの雰囲気も味わえる

 もう一つ、私がお勧めしたいのが奥社へのご参拝です。ご本宮から、まだ五百八十三段ありますが、奥社への道もまた格別。にぎやかだったそれまでとは異なり、人数もめっきり少なく物静か。ちょっとした山登り気分も味わえますから…。

 「一生に一度は…」と言われた金刀比羅宮は庶民あこがれの地。この場の持つ雰囲気を大切にしながら、ニューこんぴらさんとして、ますます磨きをかけていってほしいと願っています。(談)

 金刀比羅宮の蹴鞠は、昭和四十九(一九七四)年に香川県無形民俗文化財に指定。毎年、五月五日(奉納蹴鞠)、七月七日(七夕蹴鞠)、十二月下(しも)の申日(さるのひ)(納め蹴鞠)の三回、同宮で一般公開されている。

(2004年6月13日掲載)

八幡朝見神社宮司・神日出男氏

こう・ひでお 1948年大分県別府市生まれ。70年九州大学文学部卒。72年国学院大学専攻科修了。同年、八幡朝見神社に奉職。95年から同宮宮司。96年に創建800年祭を奉仕、金刀比羅宮と姉妹神社縁組を結ぶ。98年に始まった別府アルゲリッチ音楽祭では事務局長(第1―4回)。その後、副運営委員長として音楽祭を支えている。

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