金刀比羅宮 美の世界

題字・米今正一

第57話

神の庭(奥書院)と平安・雅の庭(表書院)

讃岐を代表する名庭園

元日本庭園学会長・元香川大教授 浅野二郎

 その日はまさに爛漫の春、琴平への道は満開の桜に飾られていた。金刀比羅宮には、重文指定の書院とそれに対応する庭園がある。今回の琴平行きの主題は、この書院と庭園の拝見にあった。

 【奥書院の庭園】この庭園は、単層入母屋(たんそういりもや)造り本瓦葺きに勾配の緩い銅板葺きの庇(ひさし)をつけた書院造りに対応する。奥書院前面に広がる、五百平方メートルほどのこの平庭は白砂敷きだ。そこには、すべての穢(けがれ)を忌む神の庭をここに見る思いがする。本来は日々新たな場として、さらに言えば清浄無垢を象徴する場として、前庭の白砂は日々敷きあらためられるべきものであろう。もちろん、現実には無理な相談だが、そのような目でこの白砂の庭を見るとき、この敷砂の意味するものの一端がうかがえる。

写真1 奥書院二の間から飯野山(讃岐富士)を展望
写真1 奥書院二の間から飯野山(讃岐富士)を展望

 奥書院二の間(春の間)の庭にはもう一つの見どころがある。二の間の正面、白砂敷きの背後を飾るのは讃岐富士であり、讃岐平野であり、陽光にひかる瀬戸の海の広やかな風景である。それらは、金刀比羅宮に最もふさわしい借景であるというべきであろう(写真1)。

 さらに、この庭にはもう一つの見どころが用意されている。それは奥書院上段の間(百花の間)に対応して構成された見事な庭園である。この庭は先に二の間から見た神の庭であり、讃岐平野を借景とした庭園でもある庭園空間と同じ空間につくり出された庭であるが、しかし、先の庭とは全く別の世界を感じさせる庭園だ。

写真2 奥書院上段の間(百花の間)から眺めた庭園
写真2 奥書院上段の間(百花の間)から眺めた庭園

 ここでは、二の間の濡れ縁が矩(か)ね折れしたその前面に、縁先手水鉢(えんさきちょうずばち)、沓脱石(くつぬぎいし)、飛石などを巧みに配している。しかもこれらはすべて深い庇に覆われ、微妙なシルエットをつくり出し、中景の白砂敷きの輝きをよく引き立てている。白砂の尽きるところには、この一庭を締めくくるものとして、見事な松が配植されていた(二十年ほど前にこの庭を拝見した折には蟠竜(はんりじょう)の松とでも呼ぶべき黒松が配植されていたが、今は枯損してしまった)。つまり、この庭は静かに思索するための上段の間にふさわしい書院庭園であり、またわび数寄の庭でもある(写真2)。

写真3 表書院前庭(鞠壷)
写真3 表書院前庭(鞠壷)

 【表書院の庭園】表書院は単層入母屋造り、檜皮(ひわだ)葺きの優雅な建物。玄関から広い廊下に従って進むと、まず鶴の間があり、次いで虎の間、七賢の間と続く。中央の虎の間は大広間で、資料によれば、正式行事の際、招客のための客間として使用されたという。虎の間の軒には唐破風(からはふ)がとりつけられ、いわゆる軒唐破風の構成がとられている。前面は平庭で、蹴鞠(けまり)のための庭、鞠壷(まりつぼ)として用意された庭園だ。庭には定法に従って、七間半四方に懸(かか)り木(ぎ)(式木)が配植。東北隅に桜、東南に柳、西南に楓、西北に松があり、金刀比羅宮では、これらの式木に双幹が選ばれているのが注目される(写真3)。

 蹴鞠は六世紀に中国から伝えられ、平安期には宮廷の年中行事として行われるまでになる。しかし、現在では京都御所とここ金刀比羅宮で行われるだけ。金刀比羅宮では五月五日(奉納けまり)、七月七日(七夕けまり)、十二月の終わりの申の日(納めのけまり)の三回、この鞠壷でけまり祭が厳修されている。

写真4 表書院上段の間の庭園
写真4 表書院上段の間の庭園

 表書院には、鞠壷とは別に書院の主室である上段の間にふさわしい庭園が用意されている。この庭は象頭山の斜面を巧みに生かし、象頭山に蓄えられた雨水を集めて池をつくり出した、いわゆる池泉庭園だ。池の護岸を構成する石組みは、特に雄渾(ゆうこん)であり、上段の間を飾る応挙の瀑布及山水図と一つながりの雰囲気を醸し出している(写真4)。

 表書院が万治年間の建築とされていることから、この庭園が同時か、あるいは大きくは下らない時期、つまり江戸初期につくられたものとみてよいであろう。このように見るとき、この庭園は栗林園(栗林公園)とともに讃岐における江戸初期の庭園として数少ない作例であり、貴重な庭園といわねばならない。

(2004年5月16日掲載)

あさの・じろう 1922年福島県生まれ。京都大学農学部卒。京都大学講師、香川大学助教授を経て64年香川大学農学部教授、77年から千葉大学園芸学部教授。現在、千葉大学名誉教授。著書に「讃岐の庭園」(不二出版)、「生垣と竹垣」(ワールドグリーン出版)、「造園技術」(共著、養賢堂)などがある。専攻は園芸学。農学博士。

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