金刀比羅宮 美の世界

題字・米今正一

第55話

豊かな体験を子どもたちに

心を満たす信仰や音楽

ピアニスト・伊藤京子

第4回別府アルゲリッチ音楽祭で演奏を披露するアルゲリッチさん=(2003年(©TAKEO ISHIMATSU)
第4回別府アルゲリッチ音楽祭で演奏を披露するアルゲリッチさん=(2003年(©TAKEO ISHIMATSU)

 金刀比羅宮と言えば「こんぴら、ふね、ふね」という軽快で、誰もが聞いているうちに幸せな気分になれるあの歌を思い起こすのではないでしょうか。長い歴史の中で、多くの人々の心のよりどころとして存在してきた金毘羅様は、庶民信仰の証しの一つとして、「こんぴらさん」と親しみを込めて呼ばれています。

 小学生のころ、長い長い石段を一生懸命に登ったことを、いまでも鮮明に覚えています。あれから長い月日が流れ、大分での「別府アルゲリッチ音楽祭」がきっかけとなり、金毘羅様とのご縁をいただくことになりました。

昨年の別府アルゲリッチ音楽祭の様子
昨年の別府アルゲリッチ音楽祭の様子

 その音楽祭は、私の師でもあるピアニスト、マルタ・アルゲリッチを迎え、毎年五月に開催しているのですが、偶然にも金刀比羅宮と姉妹神社である別府八幡朝見神社の神日出男宮司がこの音楽祭の事務局長を務めておられ、琴陵容世宮司を紹介くださったのです。この音楽祭では、子どもたちへの心の育みとしてクラシック音楽を役立てたいという思いから、活動の一つとして国内はもちろん、海外でも子どもたちを無料でコンサートに招待したいと考えていました。

 ちょうどその時期にこの出会いがあり、琴陵宮司が私たちの考えに共感してくださり、賛同者代表になっていただきました。年間二百人ほどの子どもたちを招き始め、早いもので今年で四年目を迎えました。

伊藤京子さんと琴陵宮司
伊藤京子さんと琴陵宮司

 信仰も音楽も人の心に直接通じるものです。それらで人の空腹が満たされることはありませんが、心の充足感や安らぎを得られます。物への価値に重きを置いた現代社会の中で先人たちが持っていた精神の美しさを見直し、この荒廃した世の中をいま一度、大人たちの知恵で再生しなければならないと私は強く感じています。その一つの手段として、音楽を通して、子どもたちを心豊かで精神の強さを持った大人へと育てたいと願っています。

 子どもたちが自らその環境をつくることは不可能ですが、大人たちが襟を正し、よりよい環境をつくってゆく必要があります。私自身、身近な親や周りの大人たちの教え、生き方の中から、知らず知らずのうちに影響を受けてきました。金刀比羅宮へも親たちと一緒に参り、幼な心に普通とは違う空気に緊張もしましたし、神仏の前に人の力の及ばないことがあり、また敬虔な気持ちで祈ることの大切さを言葉ではなく体験として教わったように思います。

 豊かな自然環境の中に身を置くだけで、人は何と小さな存在かと気づくものですが、金刀比羅宮では素晴らしい美術遺産の数々を、じかに目にすることができます。自然と人間の五感が刺激され、神の前で祈ることで清々しい気持ちとなり、下山するころには身も心もすっかり生まれ変わったような気持ちになります。これは体験しなくてはわからないことで、多くの子どもたちに実感してもらいたいことの一つです。

9月19日のクラシックコンサートで演奏の舞台となる金刀比羅宮神楽殿(写真は移築前の様子)
9月19日のクラシックコンサートで演奏の舞台となる金刀比羅宮神楽殿(写真は移築前の様子)

 今回、平成の大遷座祭では光栄なことに音楽を奉納させていただくことになりました。音楽は人類が神から与えられた贈りものの一つだと信じてきた私にとり、音楽家冥利に尽き、これからの人生にとっても大きな契機になると思います。

 今後、この金刀比羅宮で美術や音楽が神の教えの傍らにあり、微力ながら、音楽家として役立つことになればありがたいと思っています。

 二十一世紀のニューこんぴらさんが万人のための輝ける聖地として、大きな使命と希望を乗せ、船出の時を待っています。

(2004年5月2日掲載)

いとう・きょうこ 北九州市出身。東京芸術大卒、フランクフルト音楽大卒。渡欧中、アルゲリッチに師事。NHK交響楽団との共演をはじめ、国内外で演奏活動。98年には、アルゲリッチが音楽総監督を務める「別府アルゲリッチ音楽祭」創設に奔走し、現在総合プロデューサー。音楽を通じた子どもたちの育成を目指して(2000年に「おたまじゃくし基金」を設立。9月19日に金刀比羅宮神楽殿でクラシックコンサートを行う。

ページトップへ戻る