金刀比羅宮 美の世界

題字・米今正一

第53話

こんぴらさんは巨樹の宝庫

鎮守の森は信仰と共に

樹木医・豊田基

 象頭山は「琴平山」とも呼ばれ、国指定天然記念物。名勝でもある。その多くは金刀比羅宮の社叢で何百年も伐採されていないため、老樹、巨木が茂り、樹下のツル、シダ類も多種。温暖帯の原始林の様相をよく保っている標本林である。

社務所北側のクスノキ。幹周りは8メートルにも及ぶ
社務所北側のクスノキ。幹周りは8メートルにも及ぶ

 環境庁(現環境省)の巨樹に関する調査(一九九一年)によると、お宮の社叢には幹周り三メートル以上の巨樹が三十三本も集中してあり、近い将来、この数はさらに増えていく可能性が高い。白峰神社周辺の大谷地区には、特にクスノキの巨木が多い。

 自生のクスノキの北限といわれる琴平山で一番の大樹が、社務所北側の丘にある幹周り八メートルに及ぶクスノキだ。本宮の左手にある注連縄(しめなわ)の張られた神木のクスノキを「ほぉー」といった表情で見上げる方や、ぐるりと一周している人たちもいる。

 ※樟(よしょう)はクスノキの古名。ご恵贈いただいた琴陵光重前宮司の歌集名も「※樟」であった。社叢の中に、心をかよわす「マイ巨木」をお持ちの方もおられるようだ。

学芸参考館には琴平山に生育するクロマツからハリギリまで、総数115種の樹木標本が保存されている。樹木研究、お山の樹相変移を知る上からも貴重な資料
学芸参考館には琴平山に生育するクロマツからハリギリまで、総数115種の樹木標本が保存されている。樹木研究、お山の樹相変移を知る上からも貴重な資料

 私はかつて高橋由一の「琴平山遠望図」(一八八一年)の図録とカメラを手に、百年前はどこから見た景観だろうかと、歩き回ったことがある。手前の鄙(ひな)びた田園風景はさまざまな建築群により一変。しかし、琴平山の重層な樹林とその中に鎮座する宮々の景は不変であった。

 本宮のある象頭山は「お山」と呼ばれ崇敬される。

 春のお山は、桜の馬場から表参道一帯が花と人で埋まる。讃岐路に春を告げる四月十日の桜花祭だ。秋の女神は竜田姫。紅葉は予兆を示す神聖な木とされる。裏参道の紅葉は見事で美しく、十一月十日には紅葉祭が行われる。

 これらの祭りは、共に樹木と関連があり、巡り来る四季の恵みを神に感謝する、華やかで厳粛な祭りとして知られる。

重文「なよ竹物語絵巻」(鎌倉時代)の蹴鞠の場面
重文「なよ竹物語絵巻」(鎌倉時代)の蹴鞠の場面

 蹴鞠(けまり)も樹木とのかかわりが深い。鞠場の重要な構成要素に四隅に植えられた樹木があり、これを懸(かかり)の木という。同宮所蔵の重文「なよ竹物語絵巻」にも上皇や鞠足(まりあし)(演技者)たちと、松、桜、楓、柳の鞠庭に転がる鞠が描かれている。こんぴらさんの鞠場にも同種双幹の樹木がある。懸の木には猿の化身である三人の鞠の精が棲(す)むという。雨上がりの静かな平常の鞠場に立つと、清らかな樹木が荘厳な雰囲気を醸していた。

琴平町の大センダン(県教委提供)
琴平町の大センダン(県教委提供)

 多くの先学が、琴平山の研究や保存にかかわってきた。国の琴平山植物調査(一九四八年)の際、本田正次博士によって偶然発見された門前の大センダンが、現在、全国的にも珍しい巨木として国の天然記念物に指定されている。

 香川植物の会会長だった和気俊郎先生は、琴平山を終生の研究フィールドとされ、豊かで変化に富むこの植物群落相を「信仰と深くかかわり人為が加えられることなく、鎮守の森として残されたのだ」と、その啓発に情熱を注がれた。

 永遠である琴平山の樹林(もり)。それは私たちに多くの恩恵を享受させてくれる、かけがえのない大切な宝物なのである。

※はきへんに予に象「木予象」

(2004年4月18日掲載)

樹木医・豊田基氏

とよた・もとい 1934年さぬき市生まれ。香川大学農学部卒業後、香川県庁入り。主に森林整備、自然保護業務に従事、県東部林業事務所長を経て退職。樹木医として大センダン、豊島のソテツなどの樹勢回復に当たる。琴平山を主会場に開かれた全国巨木フォーラムのコーディネーターを務める。著書に『香川の巨木』『香川の美』ほか。

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