金刀比羅宮 美の世界

題字・米今正一

第41話

お頭人さんを陰で支えた郷土食

ハレの日に愛情込めて

郷土料理家・塩田弘子

 十月十日・十一日は、こんぴらさんの年に一度の大祭です。琴平の町の人は、この祭りを「お頭人さん」と親しみを込めて呼びます。

 頭人とは、汚れのない童男・童女には神が宿るという古い信仰から、祭りの日にお山のご本宮から里のお旅所まで、神様を先導して下りてくる子どものことです。祭りの立役者であるとともに、あまりの可愛らしさゆえに、人々はこの祭りをお頭人さんという愛称で呼ぶのです。

神様を先導するお頭人さん(1993年10月10日)
神様を先導するお頭人さん(1993年10月10日)

 このお頭人さんに先導されてお下がりになる神様の行列は、古式豊かで優雅この上なく、まるで平安絵巻を見るように美しいので、町の人は大変誇りに思っています。親類縁者はもちろん、知人にもお参りくださるようご案内するのです。そのため案内した人たちをおもてなしする準備に、昔の町の主婦は祭りの二、三日前から取り掛かるのです。

 まずは甘酒作りです。一斗がめに仕込みますが、七〇度の温度を保つために毛布をかぶせて保温します。これがなかなか大変で、出来上がるまで気を緩めることができません。

 次はかき混ぜ寿司です。これは五目寿司のことで、昔の人は方言でこのように呼びました。二升から三升作る家もあり、大きなはんぼうにいっぱい作りますが、その中に入れる具を切るのが大変で前の日から家中の女衆が用意します。

 その次は醤油豆です。これもそら豆を一升炒って、前日にこしらえておくと、当日はちょうどよい味加減に出来上がります。

 最後はお煮しめです。ゴボウ・ニンジン・レンコン・里芋・こんにゃくなどを煮て、大皿に山盛りいっぱい作ります。

 家々によって、もてなしに多少の違いはありますが、基本となる料理はこの四つです。どこの家でも作ります。さらに、お客さまの人数によって、次の一、二品が加わります。

お頭人さん見物の来客をもてなした琴平の祭り料理
お頭人さん見物の来客をもてなした琴平の祭り料理

 (1)揚げもん(精進揚げ) レンコン・ゴボウ・サツマ芋などに黄や緑の衣をつけて揚げたもので、いかき(大ザル)いっぱい作ります。
 (2)うどん これも手作りです。男衆が、ござに巻いて踏んで作ったコシのあるうどんです。これを湯だめ(つけ麺)にしたり、かやくにして出します。
 (3)焼魚
 (4)刺し身 魚屋から出前してもらいます。
 (5)タコとキュウリの酢の物
 (6)かしわと豆腐の松茸入りの清まし汁

 以上のご馳走を食卓に大皿盛りで出し、家族や親しい人は各自がとって食べ、お客さまには塗り膳に盛り合わせて出します。

 食事が済むと、いよいよ次はお頭人さん。頭人のお通りになる道筋にある家では、軒下に敷かれたござの上に座布団を敷き、そこに案内します。道筋にない家では、あらかじめ道筋の知人の家にお願いして席を取り、当日そこに案内します。

 お客さまが出て行った後が、さあ大変です。女衆は残った寿司や揚げもんを重や折に詰め、甘酒は一升瓶や五合瓶に詰めるか、アルミのやかんに入れ、注ぎ口に半紙で作った栓をします。

お客さまに差し上げたお土産
お客さまに差し上げたお土産

 「きょうは、ほんまにようお参りに来てくれました。また、来年も来てつかよ(ください)」と言いながら、折と甘酒のお土産を渡して帰っていただくのです。

 何という情のこもったおもてなしでありましょう。愛するお頭人さんを、大勢の人にお参りいただきたい一心で料理を作ってもてなした、母や祖母。ガスも水道もない時に薪をくべ、炭火をおこして、これだけのもてなしをしたのです。

 お頭人さんは大勢の人に支えられて、何百年と続いて来ましたが、母や祖母たちの世代が作ったこの郷土の祭り料理のもてなしも、「お頭人さんを陰で支えていたのだ」と気がつきました。世の中が豊かになり、この風習はすたれつつあります。

 いまは昔のように大勢の人を招かなくなりました。せいぜい嫁に行った娘の家族が帰ってくるくらいですから、昔のようにたくさんは作りません。甘酒・お寿司・醤油豆・煮しめという定番料理に、一、二品、その家のハレの料理を加えてもてなします。お頭人さんに対する思いを料理に込めて作ったのは、明治生まれの祖母や母、それを手伝ったのは大正生まれ、昭和初期生まれの嫁や娘でした。

(2004年1月25日掲載)

郷土料理家・塩田弘子氏

しおた・ひろこ 1923年琴平町生まれ。丸亀高等女学校、女子栄養学園(現女子栄養大)卒。子育ての終わった80年から、琴平町公民館で栄養と料理の講座を受け持つ。「NHKいきいき香川」の料理コーナー「おいしくクッキング」に2年半出演し、郷土料理を紹介。著書に「おそうざいⅠ」「おそうざいⅡ」がある。

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