金刀比羅宮 美の世界

題字・米今正一

第27話

映画「人間」と金毘羅さん

信仰心を「海神」で表現

映画監督・新藤兼人

撮影中の新藤兼人監督と観世栄夫さん。映画では金毘羅信仰を「海神」で表現した=昭和37年(写真はいずれも近代映画協会提供)
撮影中の新藤兼人監督と観世栄夫さん。映画では金毘羅信仰を「海神」で表現した=昭和37年(写真はいずれも近代映画協会提供)

 映画「人間」は、野上弥生子の小説「海神丸」から脚色監督したもので、一九六二(昭和三十七)年の作品である。

 大分県佐賀関半島の港から、船頭亀五郎ら四人が近くの島々へ盂蘭盆の材料を積んで商いに出かける。盂蘭盆前のひと稼ぎである。大根、人参、味※1、醤油を積んでいた。

 ところが港を出たとたん、不意の暴風に襲われ、マストが折れ、エンジンが止まり、太平洋へ流される。五十トンばかりの荷役船は木の葉のようにゆれるばかりである。

 無線も持たない小さな船だから、連絡のとりようがない。くる日もくる日も蒼い海にもまれるばかりである。売りさばくはずの大根、人参、米などは食べつくし、飢餓線上をさまようことになる。

映画「人間」の一場面
映画「人間」の一場面

 映画の主題は、四人が人間から獣へと移行するプロセスを描くのが目的。四人の中の一人を殺して食うかというところまでくる。俳優は殿山泰司、佐藤慶、山本圭、乙羽信子。

 一同の中心は船頭亀五郎(殿山泰司)で、かれは熱心な金毘羅さんの信者である。人間性を失いかけた三人に、必ず助かる、金毘羅さんが助けてくださる、と三人を人間に引き戻そうとする。

 そこで、亀五郎のイメージの金毘羅さんを写そうと思った。金毘羅さんは蛇体で尾に宝石を持っているといわれているから、ビニールで巨大な蛇体を作り、これを海中に沈めて撮ろうとした。われわれは西伊豆の松崎に合宿して撮影していたので、松崎の海の中にこれを沈めて水中撮影を行う計画だった。

 ところがうまくいかない。蛇体を海中に沈めるのがたいへんなのである。そこで計画を変え、観世流の観世栄夫さんに頼んで能芸の「海神」を舞ってもらうことにした。観世さんは松崎にきてくれて、海岸で「海神」を舞ってくれた。

 海神の金毘羅さんは亀五郎の夢枕にあらわれ、「亀五郎よ、助けてやるぞ」とおっしゃる。

 ふしぎやその時、水平線の彼方から巨大な外国の貨物船があらわれ、亀五郎らは救われるのであった。

 これで映画のクライマックスを撮り、映画は完成した。

 時がたち、仕事で金毘羅さんの町に行き、「人間」のご利益を思い、あの長い石段を登って参拝した。観世さんの「海神」があたまに浮かんだ。
(2003年10月5日掲載)

※1はくちへんに曾

映画監督・新藤兼人氏

しんどう・かねと 1912年広島県生まれ。34年新興キネマ入社。溝口健二に師事。50年に松竹を退社。吉村公三郎、絲屋寿雄らと近代映画協会を創設。代表作に「愛妻物語」「縮図」「裸の島」「ある監督の生涯」「※2東綺譚」「午後の遺言状」など。新作「ふくろう」を2004年新春公開予定。87年に勲四等旭日小綬章、02年文化勲章。
※2はさんずいに墨

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