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2013全国選手権・県大会 これまでの試合結果

【評】丸亀「三度目の正直」 2年連続準Vの雪辱果たす

 ▽決勝
 
尽 誠
丸 亀

▽三塁打 車谷▽二塁打 湯田、鳥井、次田▽併殺 尽0丸1(車谷―二―門田)
▽審判(球)永山(塁)中田、西池、小野
▽試合時間 2時間4分

 【評】ここ一番の投打の集中力が上回った丸亀が尽誠を押し切った。

 打線は一回、四球と門田、池内の単打で2死満塁とし、湯田の押し出し死球で先制。三回は四球などの2死一、二塁から湯田の左中間二塁打で2点を加えた。八回は、敵失絡みの1死満塁から宮崎のスクイズ、続く車谷の中越え三塁打などで一挙5点を奪い、傾きかけた流れを引き戻した。

 左腕宮崎は直曲球を内外角に散らし、ピンチにも動じなかった。

 尽誠は投打に詰めが甘かった。打線は再三の好機を逃し、得点は八回の中西の中前打による1点のみ。左腕土肥、2番手の右腕中山は走者をためて制球が甘くなった。

丸亀選手談話
自分の振りができた
丸亀・河西勇志右翼手
(八回1死一、二塁で右前打)カーブがくると思っていた。最後はしっかり自分のスイングができた。甲子園でも上位へのつなぎ役に徹し、食らいつく打撃をしたい。

宮崎のため絶対守る
丸亀・河本彬二塁手
(堅い守備で勝利に貢献)宮崎が踏ん張っていたので絶対に守ってやろうと思った。目標はここじゃない。甲子園で校歌を歌うため、できることを全力でやりたい。

甲子園で勝利に貢献
丸亀・南亮輔左翼手
(八回、スクイズで4点目の生還)ここという場面はスクイズがある。心の準備はできていた。今大会はチームの足を引っ張った。甲子園ではもっと勝利に貢献したい。

練習信じてスイング
丸亀・門田直樹一塁手
(一、三回に安打で得点機を演出)2打席とも直球。相手は制球が定まっていなかったので甘い球を待った。練習を信じ、思い切ってスイングしたのが良かった。

自ら考え攻守に躍動 託された夢かなえ13年ぶり夏甲子園 3回の2得点で主導権
九回2死。遊撃正面のゴロを車谷がさばき、送球が一塁門田のグラブに収まった瞬間、ナインは雄たけびを上げながらマウンドに駆け寄り、スタンドと一体となって喜びを爆発させた。

 一昨年、昨年と2年連続で決勝で敗れた丸亀。今年ベンチ入りした選手は当時、スタンドで、ベンチで、グラウンドで悔し涙を流した。雪辱戦、先輩から託された甲子園の夢。重圧もあった。ただ、「決勝でもやることは同じ。できることをやろう」。ナインは驚くほど冷静に自分たちの野球に集中し、3年分の思いを実らせた。

 初回から丸高らしさを見せた。先頭の車谷が「どんな形でも出る」と四球を選び、続く門田が右前打。さらに1死から池内が「最低でも併殺は避ける」と、たたきつけた打球は三塁手の頭を越えて満塁。十分に重圧をかけ、6番湯田の押し出し死球を誘った。

 三回にも上位がつなぎ、湯田の左中間二塁打で2点を加え、この3点を守りでも生かした。何度もピンチを背負いながら、「尽誠がこのまま終わるわけがない。同点まではOK」(次田)。声を掛け合い、決して浮き足立つことはなかった。その冷静さが、流れが相手に傾きかけた八回の攻撃につながった。

 1点を返された直後。敵失と四球などの1死満塁で打席はエース宮崎。ここで山本監督は「併殺で流れが変わるかも知れないが、1点を取りにいった」と、初球にスクイズのサイン。宮崎は「練習試合でもやってきた」と投手の左に転がし、三走南が悠々と生還。淡々と大仕事をやってのけ、続く車谷は動揺した中山の初球を中越えに運び、流れを引き戻した。

 「選手は僕の手から離れ、自分たちで考えてプレーしていた」。今大会を振り返る指揮官の言葉に、13年ぶりの甲子園切符を手にしたチームの強さが凝縮されていた。

宮崎 緩急さえ1失点
2年前はスタンドで、昨年はベンチで見届けた相手校の歓喜。今年、雪辱を果たした選手の中心に宮崎がいた。

 「勝てば甲子園ということを意識しながら、自信を持って投げた」と左腕。強打の尽誠を相手に、持ち味の強気の投球で真っ向勝負を挑んだ。

 内角には直球、外角には夏の大会を勝ち抜くために習得したツーシームを多投。「セオリー通り。内は速く、外は遅くで押した」と緩急が効いた。制球も良く、女房役の湯田は「組み立てがはまり、相手打線は最後まで対応できなかった」と胸を張る。

 巧みなリードで主戦を引っ張った湯田は、打撃でも力強く援護した。三回2死一、二塁の好機には「体が反応した」と相手主戦の直球を捉えて2点二塁打。この日、先制の押し出し死球を含め3打点を挙げた。

 宮崎は「先手を奪って気持ちが楽になったのが大きい」。中盤以降も幾度となく得点圏に走者を背負ったが、臆することなく自らの投球を貫いた。打者としては八回、自身のスクイズで1点を追加。これをきっかけに大量点を挙げ試合の大勢を決めた。

 先輩が果たせなかった夢舞台への出場をかなえた背番号1。「甲子園でも校歌を歌いたい」と気合いを入れていた。

丸亀高校沿革
学校創立は1893(明治26)年。県尋常中学校丸亀分校として産声を上げ、今年で開校120周年を迎える県内最古の県立普通科校。

 野球部は1897年の創部。1915年の第1回全国中等学校野球大会(夏の甲子園)の予選から出場している伝統校。1948年の甲子園初出場を機に夏3度、春1度出場。90年夏にはベスト8に進出した。現在の野球部員は36人。主な卒業生に政治家の津島寿一氏(故人)、洋画家の猪熊弦一郎氏(故人)、サッカー女子日本代表の前田信弘GKコーチ、フリーアナウンサーの中野美奈子さんら。

 全日制に836人(男子390、女子446人)、定時制に59人、通信制に309人が学ぶ。

 毎年、ほとんどの卒業生が国公立大や有名私大に進む県内屈指の進学校で、卒業生は4万218人。

 平尾敏彦校長。丸亀市六番丁1番地。

尽誠 一歩届かず 継投策も実らず 序盤の失点響く
尽誠は序盤の失点が大きく響いた。岡嶋監督の思いとは裏腹に継投策は実らず、先発土肥、2番手中山で計8失点。丸亀打線に「完敗だった」と認めるしかなかった。

 背番号「1」を託された左腕土肥は、この日も立ち上がりの制球に苦しんだ。一回、先頭打者に四球を与えると2死満塁のピンチを背負って次打者には死球。先制点を献上すると、三回も四球絡みの失点に3死を奪うことなく降板。「この背番号を背負う限り、みんなを甲子園に連れて行きたかった。何度も気持ちを切り替えようとしたが…」とうなだれた。

 右腕中山は得意の変化球で踏ん張りながらも八回は1死満塁から三塁打を浴びて「ど真ん中の真っすぐを打ち込まれた」と力負けし、マウンド上で大きくため息をついた。

 準々決勝、準決勝と逆転劇を演じた打線は影を潜めた。丸亀・宮崎の好投に散発のまま得点は八回の1点のみ。前日、4安打3打点と活躍した3番西丸は五回は2死二塁、七回も2死二塁の場面で外野飛と打ち損じ、「決めてやろうと思ったが…」と肩を落とした。
春の県大会を制し、四国王者まで成長したナインだったが、6年ぶりの甲子園切符はならなかった。主将の篠原は潔く「充実した3年間だったが、果たせなかった夢は後輩たちに」と託せば、2年生の中山は「変化球に磨きをかけてこのマウンドに戻って来る。来年は絶対に勝って恩返しがしたい」と固く心に誓った。

宮崎君攻略できず
岡嶋徳幸監督の話
 完敗。初回の失点に尽きるが先発土肥は(制球を修正できず)精神的なものを改善できなかった。打線も積極的に振っていったが丸亀の宮崎君を最後まで攻略できなかった。

2年生コンビ つないで一矢
 丸亀の前に力尽きた春の四国王者・尽誠の中で2年生コンビが一矢を報いた。3点を追う八回、先頭打者の4番鳥井が左翼線へ二塁打。それを足場に1死三塁から6番中西が「つなぐ意識で来た球を打った」と、スライダーを捉え中前適時打で追い上げムードをつくった。

 得点はこの回の1点のみ。打線は丸亀の左腕宮崎の内角への直球を主体にしたテンポの良い投球に苦しみ、6安打に終わった。準決勝でサヨナラ打を放った2年西丸も五回と七回の好機で凡退。試合後は人目をはばからず泣きじゃくり、「昨年は自分のせいで負けたので、自分で決めようと、つなぐ意識を持てなかった」と悔いた。

 力のある1、2年生が多く、秋以降も楽しみが残る。落ち着きを取り戻した西丸は「自分が主将になる気持ちでチームを引っ張り、甲子園へ行く」と雪辱を誓った。

【尽誠―丸亀】3回裏丸亀2死一、二塁、湯田が2者を迎え入れる左中間二塁打を放つ=レクザムスタジアム

【尽誠―丸亀】3回裏丸亀2死一、二塁、湯田が2者を迎え入れる左中間二塁打を放つ=レクザムスタジアム

【尽誠―丸亀】3回表2死一、三塁のピンチを切り抜け、笑顔でハイタッチする宮崎(右)と湯田の丸亀バッテリー=レクザムスタジアム

【尽誠―丸亀】3回表2死一、三塁のピンチを切り抜け、笑顔でハイタッチする宮崎(右)と湯田の丸亀バッテリー=レクザムスタジアム

【尽誠―丸亀】8回表尽誠1死三塁、中西が1点を返す中前適時打を放つ=レクザムスタジアム

【尽誠―丸亀】8回表尽誠1死三塁、中西が1点を返す中前適時打を放つ=レクザムスタジアム

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