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瀬戸内国際芸術祭2016

瀬戸内国際芸術祭2016

連載「瀬戸内物語 北川フラム」

76.観光がもつ意味

 
二層化された生つなぐ
 
女木島からフェリーに乗船する大勢の観光客(Photo:Shintaro Miyawaki)
女木島からフェリーに乗船する大勢の観光客(Photo:Shintaro Miyawaki)

 瀬戸内国際芸術祭で瀬戸内の島々に多くの人が来られるのも驚くべきことでしたが、瀬戸芸以外にも海外からの日本への観光客が昨年、2千万人を超えたのは、40年前に約90万人、20年前に約380万人であったことを思い起こせば、そこになにか大きな底流が動いていると思わざるを得ないことでした。

 しかも瀬戸内に限ってみても、日本国政府と緊張感を持っている中国、韓国から多くの人が来ており、それも、政治的な関係とは異なった動きがあることを思わせてくれるのでした。

 そして、さらに、そのエンジン部分に美術があるということも、世界的に興味を持たれています。その上、ここでの他にない特色はサポーターに外国人が多いことがあります。

 瀬戸芸では国内の都市化により顧みられなくなり、過疎・高齢化して地域力が減退した島々の元気を取り戻そうと美術による働き、すなわち地域の魅力、特徴の発見を梃子(てこ)に3年に1度の芸術祭を始め、そこから派生する多くの課題に少しずつ手を入れてやってきましたが、最近この地球規模の「観光」がもつ、深い意味と、現況を根本的に変えていく力について、深い洞察による明快な本を読むことがあり、その紹介と、その本に書かれている社会の構造と指針が、私たちが徒手空拳で試行錯誤してやってきたことと、あまりにも符合し、思い当たることがあり、それについて書きたいと思いました。

 本の名は「ゲンロン0 観光客の哲学」。著者は東浩紀です。

 カントやボルテール、或(ある)いはルソー、ヘーゲル以来の国家の成立と市民社会、人間の欲望や共同体の検討から始まり、最近のアントニオ・ネグリ、マイケル・ハート、或いはハンナ・アーレント、リチャード・ローティなどの思想を検証していくその論理の明快さに驚くばかりで、それをうまく纏(まと)めるのは不可能ですが、簡単に言ってしまえば、日本の国は、人々の国外旅行や活発な貿易がありながら、隣国を嫌っているのは、人々の欲求と、国の統治の仕方に大きなズレというか、ヨジレがあるのはどうしてだろうかという理由を考え、それは問題が現実から組み立てられていないからだといっているのです。

 これは政治と経済のズレであり、人間的な建前と動物的な生存本能の差であり、ひいていえば各国が直面しているナショナリズムとグローバリズムの二層化になっているというのです。納得できる話ですね。

 これが既存の国民国家とネグリやハートが言うところの「帝国」との落差になっているのですが、これがトランプを選んだアメリカ的「帝国」だと考えればよいわけです。

 それは私たちの生活の上半身が観念的であるのに対し、下半身が動物的でありがちなことを思えば理解し易(やす)い。つまりカント以来の、人間は市民社会に出合って大人になり、その市民社会の権力化が国家になるという構造が壊れてきているのに対応できていないからというのです。

 この時、観光とは、二層化されている私たちの生をつなぐものになっている、と東浩紀は提言するのです。

 時間と空間をよぎる、その地で歓迎されるかどうかはともかく、他者と出会う。いずれにせよ二層化している自分のストレスが解消される働きがあり、これがどうにもならなくなっている現在のグローバリズムとナショナリズムの二層化を超えていく鍵になるのではないかと述べています。

 この地点から見れば瀬戸芸の美術という媒介と、さまざまな展開上、運営上の工夫が、地域の元気や、豊かな現代美術だけではなく、多くの他の地域、外国からの観光客に受け入れられてきた理由がわかるというものです。「観光は、新しい産業と新しい交通が生み出した、新しい生活様式と結びついた行為であり、古い既得権益層と衝突する行為でもあった」のです。

 (アートディレクター)

※随時掲載

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