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うどん県クロニクル(年代記)第1章・それだけじゃない香川県(17)太陽がいっぱい 讃岐人、底力はまだまだ

2017/06/03
太陽がいっぱいの港・サンポートはアートの玄関港として海外でも有名(サンポート高松)太陽がいっぱいの港・サンポートはアートの玄関港として海外でも有名(サンポート高松)

 最初の疑問はなぜこれほど讃岐うどんはうまいのか、だった。地の利のない食品がなぜ讃岐でこれほど発展したのか。

 あれこれ思案の行き着いた先は、その秘密は県民性にあるとの仮説だ。

 そこから讃岐を代表する方言「へらこい」の由来を訪ねて文献を渉猟(しょうりょう)し、「へらを掻(か)く」という400年前の古語を日葡(にっぽ)辞書で見つけた。

 それは近代日本と江戸っ子が気取って口にする「粋(いき)」の真逆。つまり「運命を諦めず、体面にこだわらず、真の自由を獲得」する哲学だった。

 それこそが空前絶後の「安くてうまくて早い」讃岐うどん誕生の必須要件だったのではないか。

 その証左となりそうな事象がいくつかある。数年前に日本最大のフランチャイズうどん店が本場讃岐に初上陸したことを覚えているだろうか。

 今や全国1千店舗を目指して大躍進中の有名店だが、満を持して乗り込んだ1号店はあえなく撤退。全国で連勝のうどんビジネスが本場讃岐では通用しなかった。

 反対に県内では確立したビジネスモデルのうどん店経営をそのまま他県に持って行くとどうもうまく働かない。日本の常識が讃岐には通じず、讃岐の常識が全国で通用しないという結末だ。

 この不思議を説明するには讃岐人の特殊性を証明するほかにない。

 この特殊性こそが預貯金残高を積み上げ、食費を抑えてエンゲル係数国内1位を連続、その一方で大商店街と大規模量販店を共存させ、有数の求人倍率を維持し、他方では国内最悪級の交通事故死傷者を生み出しもする。(「100の指標からみた香川」より)

 一見して変哲のない気風の中から、戦争に明け暮れた近代日本を根底から革新する俊英の一群が登場したのも同じ理由ではないか。その筆頭は哲人宰相大平正芳だ。

 不遇の明治を越え、激動の戦後を大発展に導いた彼らの思想はいずれも地方主義、平和主義、民主主義だが、その思索の淵源(えんげん)には、「世界に中心はなく、すべての場所が世界の中心だ」と見極めた空海の姿が浮かぶ。

 第1章では「それだけじゃない」程度では表現しきれない古代讃岐の底力についても語った。

 「大師がいっぱい」「お米がいっぱい」「ため池がいっぱい」「人間がいっぱい」の平安の讃岐は空前の豊かさの中で「太陽がいっぱい」の黄金時代を過ごした。

 うどん県宣言で地域活性化レースに名乗り出た21世紀の香川は果たして平安の讃岐を超えられるだろうか。(明石安哲)=第1章おわり=

メモ
 【100の指標からみた香川】香川県統計調査課が1972(昭和47)年から毎年発行する小冊子。公的機関の都道府県別統計の主要100項目を総覧して香川の姿を明らかにする。「土地と人」「福祉と医療」「産業と労働」「家計とすまい」「生活環境」「安全」「教育と文化」「財政」の8分類の計100項目。記者必携書。県内主要書店で販売。600円。

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