由緒正しき讃岐うどん
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由緒正しき讃岐うどん

由緒正しき 讃岐うどん


うどん王国の歴史

 うどんの歴史は実は不明なことがたくさんあります。弘法大師が唐から伝えた、との説もありますが、当時のうどんは団子汁状のもので、小麦粉をこねて薄く伸ばし、包丁で細長く切って仕上げる「切り麺」は、室町時代に日本で誕生したという説が有力です。それが江戸時代の初期からうどん屋の商品として発展したようです。

香川県では智泉大徳が、師であり、叔父でもある空海から「うどんの祖」を伝授され、故郷・綾南町滝宮の両親をうどんでもてなしたのが最初、と伝えられています。正月や祭り、客人のもてなしなど家々の晴れの日にうどんを手作りするのが讃岐地方の慣わしになっていったようです。それが昭和になって小さい製麺所が発展し、やがていすを並べて客に食べさせるようになり、現在のような「うどん大国」が誕生したのです。


讃岐うどんとは

 ところで讃岐うどんとはどういうものを指すのでしょう。全国生麺類公正取引協議会の表示に関する基準では「(1)香川県内で製造されたもの(2)加水量40%以上(3)加塩量3%以上(4)熟成時間2時間以上(5)15分以内でゆであがるもの。この5項目をもって名産、本場讃岐うどんとする」とあります。日本各地に多くの名物うどんがあっても、全国の人が讃岐うどんを一押しする背景には、これらの基準を満たし、かつ讃岐地方独特の製造法があるからだと思われます。その大きな秘密は塩加減と足踏みです。

  讃岐地方では「土三寒六常五杯」といって、土用のころは塩1に対して水3、寒のころには水6、春と秋は水5の割合で塩水を作って小麦粉に混ぜていました。この塩加減はうどん屋をはじめ、家々で作るうどんに至るまで、今でも忠実に守られています。四季それぞれの塩加減をした生地をゴザにくるんで踏む、この足踏みが讃岐うどんの命とも言える「こし」を強くするために欠かせない作業なのです。


さぬきの夢2000

 うどんの原料は小麦粉、塩、水。いたってシンプルだからこそ、素材が重要になってきます。もともと、雨が少ない讃岐地方はうどんに適した軟質の小麦を栽培するには最適だったはず。それが昭和40年代の後半、県産小麦の栽培農家の激減とともに、うどん用に開発されたオーストラリア産の小麦ASW(オーストラリア・スタンダード・ホワイト)が急速に普及し、讃岐うどんの9割以上をオーストラリア産の小麦に頼る結果になってしまったのです。農家の減少とともに県産小麦の品質も徐々に低下し、関係者から危惧の声が上がっていました。

  こうした状況を打開しようと登場したのが「さぬきの夢2000」。本物の讃岐うどんを作りたい、という業界の熱意を受け、平成3年から県農業試験場がうどん用に品種改良を始めた小麦で、8年という驚異的な速さで開発に成功しました。この小麦を使ったうどんの試食会では、オーストラリア産小麦に欠けていた「風味」があり、「こし」も申し分ないと、業界関係者や舌の肥えたうどん通をうならせたほどでした。2001年11月からの一般うどん店での試験販売でも評判は上々のようです。

 「さぬきの夢2000」の2002年の作付面積は約23ヘクタール、うどんにすると約50万食ほど。県の年間うどん生産量を約5億万食(ゆでうどん、県製粉製麺共同組合調べ)とすると、すべての讃岐うどんを県産小麦で賄うにはまだ少し時間がかかりそうです。が、県では「2004年までには生産地を県内全域に広げたい」としているので、文字通りの讃岐うどんを私たち讃岐人が日々食する日も近いと思われます。


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