天気予報を見る
 
新聞購読申込

甲子園大会100回 県勢あの夏の記憶(5)第72回(1990年)3回戦 延長14回、強力打線を零封

2018/05/20 09:31

第72回(1990年) 3回戦
第72回(1990年) 3回戦

丸亀エース 福家武さん
丸亀エース 福家武さん

降りしきる雨の中、熱投を続ける丸亀のエース福家武
降りしきる雨の中、熱投を続ける丸亀のエース福家武

 丸亀・福家武、平安(現龍谷大平安、京都)・西村基治の両左腕による息詰まる投手戦。福家武は伸びのある直球にカーブを織り交ぜ、強打の平安をほんろう。四回無死三塁では中軸をわずか3球で抑え、以降は一度も三塁を踏ませず168球を投げ抜いた。

 打線は延長十四回、2死から真鍋隆の右中間二塁打の後、山本康史の右翼フェンス直撃の三塁打で決勝点を奪った。続く準々決勝は天理(奈良)に0―7で敗れた。

丸亀エース 福家武さん 打者ごとに球筋細かく変え
 優勝候補だった関東一(東東京)の強力打線を抑えて勝ち上がってきた平安。左腕の西村投手のスライダーは今までに見たことのない切れがあり、捕手は想像をはるかに超えた強肩。点はなかなか取れないと感じた。

 その中でのマウンド。序盤は相手の実力を手探りしていたが、四回無死三塁を抑えたあたりで大振りになっていると感じた。ただし、打線に力があるのは理解していたので、球速を全般的に抑え気味にする代わりに、特に打者の動きをよく見て投げた。足を上げてから投げるタイミング、腕の振り、球速、ボールの回転数や回転の角度など細かく変化を付け、打者に自分の打撃をさせないよう心掛けた。

 バックも頼もしかった。サイン通りに投げれば、打者の特性などから打球コースを先読みしてヒットを防いでくれるという安心感があった。

 十四回表に味方が1点を取り、迎えた最後のマウンドもそう。2死からセンター前と一、二塁間の内野安打で一、二塁とされたが、内野安打はライトに抜けたと思った当たり。雨でぬかるんだ状態で二塁の貞広(剛志)が追い付いた。いつもながら広い守備範囲だという安心感があった。

 そして打席はエース西村選手。投手同士の対決で試合を終わらせようと。最後はストレート。その前に高めのボールに反応していたので、力強い真っすぐで三振を取れると思った。

 終わった瞬間、純粋にうれしいという思いの一方、この楽しいマウンドも終わりという寂しさがほんの少しあった。延長に入っても疲労は感じず、十八回まで投げられると錯覚していたので。

 後で部長の山本(浩樹)先生に聞いた話だが、延長に入り、ベンチで私に声を掛けられる雰囲気ではなかったそうだ。亡くなった祖父の形見を片手に力をくれるよう祈っていたことが、そう感じさせたのかもしれない。

 勝因の一つは搆口(秀敏)監督の教えのおかげ。常に次のプレーを考える集中力を練習で身に付けさせてくれた。専用グラウンドをつくってくれたOB、自分の練習時間を犠牲にして私の自主練習に付き合ってくれた同級生や後輩のおかげということも強く感じた。

 準々決勝の天理戦は、今思えば高校生らしくというのではなく、(平安に勝った)過信でぶつかっていけばよかった。負けて悔しい思いはなかったが、この仲間で一緒に戦うことが二度とできないと思った途端、涙があふれてきた。
(文中敬称略)

 ふけ・たけし 坂出中から丸亀高に進み、3年時の1990年にエースとして夏の甲子園に出場。2、3回戦を突破し、同校初のベスト8進出の原動力となった。同年の福岡国体は3位。卒業後は明大でプレー。現在は東京在住。45歳。

同じジャンルの記事

注目の情報

顧客管理が簡単にできるASPシステム「クライゼル」を発売中

顧客管理が簡単にできるASPシステム「クライゼル」を発売中
トライコーン株式会社では、本格的な顧客管理を実施したい法人向けASPサービスクライゼル」を発売しています。CRMもお任せください

詳しく見てみる→

▲このページのトップに戻る
購読のお申込みは0120-084-459

SHIKOKU NEWS 内に掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。 すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。

Copyright (C) 1997- THE SHIKOKU SHIMBUN. All Rights Reserved.