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平和な「日常」の幸せさ 戦時下の「衣料切符」

2017/10/02 17:06:26
平和な「日常」の幸せさ 戦時下の「衣料切符」
戦時中に配られた「衣料切符」
 持ち物の整理をしていると、私個人の「衣料切符」(1944(昭和19)年政府発行)が出てきた。戦争のために諸物資が不足していたころの信じられないような暮らしが思い出された。戦争色が濃く、「欲しがりません、勝つまでは」「贅沢(ぜいたく)は敵」などの言葉が日本中に流れ、人々は不自由な生活を強いられていたころのことだ。

 1942年1月に「繊維製品配給消費統制規則」が制定され、同2月からは「衣料品の総合切符制」が実施されるようになった。繊維製品を買うにはお金だけでなく、同時に品物に相当する切符が必要となったのだ。

 背広の上下に63点、国民服(簡素な服)上下40点、パンツ、タオル、くつ下は各3点の切符をお金と一緒に店に支払うことが義務付けられた。しかも粗悪品が多かった。私も赤い下駄を買ってもらい喜んだのもつかの間、足の裏が赤く染まって悲しかったのを覚えている。

 交付された切符の点数は42年の場合、都会で一人1年100点、地方では同80点だった。44年にはさらに少なくなり、30歳以上は一律40点、30歳未満が50点になった。

 同年には、必需品(下着やくつ下)は店に置かれなくなり、隣組から配給されるようにもなった。冬物の配給ではくつ下が4人に1足、タオルは5人に1枚、パンツが13人に1枚しか渡らなかっという。

 当時は幼かった私。家族らに守られてあまり苦しい思いはしなかったが、多くの人々はもっともっと想像できないような苦労があっただろう。出征し、戦争で若い命を失った多くの人々や残された遺族たち。私も父が戦死した遺児の1人。爆撃で家を焼かれ、家族が爆死した人もどんなに無念だろうか。

 幼かった私、話は聞いていたが実物は見たことがなく、初めて見た「衣料切符」。平和な日常の暮らしがいかに幸せかを痛切に教えてくれた。(香川 佳子)
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