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ルーツを訪ねる

2015/05/27 15:44:14
ルーツを訪ねる
 80年ほど前、私の父は海軍の軍人だった。当時は職務上、軍港があった長崎県佐世保市の借家に妻(私の母となる人)と2人で住んでいた。

 そこが私のルーツ。そこで生まれ、2歳まで住んでいた佐世保市の戸尾(とのお)町。だが、幼かった私には残念ながらそこでの記憶は全くない。

 12年前に亡くなった母から聞いた話では、パン売りのおばさんが通る度に、2階から顔を出しては「パ〜ン」と呼び掛ける。「ハイッ」と、おばさんがパンを持って来てくれる。これが日常茶飯事だったとか。

 またある寒い日、自分の背丈ほどもあるセルロイドのキューピーちゃん人形を、「キューピーちゃん、チャムイ(寒い)、チャムイ!」と練炭火鉢で暖めてあげようとした。

 セルロイドはあっという間に燃え上がり、天井まで届いた。間一髪、ちょうど帰り合わせた父が大布団を被せて消火。布団に焼け焦げはできたが、家は焼けなくて胸をなで下ろしたとか。

 その後、父は海軍陸戦隊員として上海での激戦に加わったが病を得、戦病死。44歳だった。
  
 物心が付いてからの私は、優しかった父の姿と生まれ育った土地「佐世保市戸尾町」の名前だけは忘れることがなかった…。

 昨年末?、偶然、テレビで佐世保の戸尾市場(とのおいちば)が放映されているのを見た。一瞬、わがルーツの町の名前では?と驚いた。

 それまでは単に懐かしいだけの地名だったが、それを機に、「戸尾市場がテレビに出ていた! 行ってみたい、ひょっとしたら近くに、目でも、写真でも、見た覚えのないあの家があるかも…」という想いに変わった。

 だが戦後70年経ち、番地名の表示も変わっているだろうし、そんなに古い家があるかしら…。「でもいい、それらしい地に立つだけでも…」と思う気持ちが次第に強くなった。

 「できたら連れて行って、元気な間に。私ら(夫婦)だけではちょっと不安」と、長男に頼んでいた。仕事が忙しいからあまり期待はせず「ダメでもともと」なんて…。

 ところが幾十日か後、「5月16、17日(土、日)に行ける? 佐世保」と、言う…。「えっ!」「これぞ吉日」と、夫、長男夫婦と私の4人で出かけることになった!。

 「佐世保駅から車で約10〜15分の所、戸尾町○○番地は同○番○号に表示変更しているらしい(個人情報)…」と、見知らぬ“神様からのお告げ”もあり、夢に向かってまさかの出発となった。

 新幹線とレンタカ―で目的地近くに宿泊。私たち夫婦が目覚めぬ早朝、長男は戸尾市場付近を探索したようだった。

 朝食後、「市場の方へ行く?」。長男の誘いで4人、朝の散歩のつもりでホテルを後にした。

 ちょっと歩いた所で、「あそこや!」と、指さす長男の声に「えっ、市場? あんな所に?」と、その先を見上げた。

 少々古い2階建ての家が目に入った。カーブになった坂道の上だ。まさかあの家? そんなに早く見つかった? ええっ?。

 かなりどっしりとした2階建て、くすんだ壁の色、周りのたたずまい…。今は廃屋?。「築80年は超えそうだ」と私たち。本当にあの家かもしれない! 家の近くの階段をはやる気持ちで登った。

 荒れ地になった草の向こうに古い家と玄関があった。ちぎれたネーム札のある赤い郵便受けが右の方にちょこんと架かっていた。シーンと静まりかえり、中に人の気配はうかがえなかった。

 この日のみんなの結論は、「かなり時を経た家のようだ。築80年は超えている? 私がいたと言えそう。昔の住所に間違いなかろう。今、人が住んでいなくても、最近までは住んでいたようだ」などだった。本当にあの家かもしれない!。

 あまりにもあっけないルーツ? との対面に、私は今でも不思議な気持ちになっている。家と玄関に立つ私の写真を無断で撮らせてもらったが、今、私は誰かにその許しを得たい気持ちになっている。昔を知る誰かに昔の話を聞きたいと思っている。

 あの家がある間に…。(香川 佳子)
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