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シベリア抑留生活パートU

2012/06/22 14:42:37
シベリア抑留生活パートU
 まんのう町四条の満濃農改センターで6月14日、香川県退職公務員連盟仲善支部が、同町吉野の鈴木信男さん(86)の講演会「私のシベリア抑留生活パートU」を開いた。昨年11月末の「同パートT」の好評に応えて開いた。

 鈴木さんは、昭和20年8月、19歳の時から2年3カ月間、壮絶なシベリア抑留生活を体験。同22年11月3日に日本に帰国した。出席した40人は、平和の大切さをかみしめ、現在の生活と比べながら鈴木さんの話をしみじみと聴いていた。

 「あまり真実も語れないが」と言う鈴木さん。「金を払わずに得られる労働力」として、60万人の兵士らが強制的にシベリアに送られ、土木工事に43%、第2シベリア鉄道工事18%(鈴木さんはこれに)、採炭、その他に従事させられた。

 この日は主に、ノルマ(半強制的に与えられた労働の基準量)や共産圏の生活などが話された。ノルマの達成度で食事の量が決まる。最低、黒パンが1日に150グラム(食パン約1枚)から、250、350、450グラムまで。これで重労働を強いられたのだ。

 ノルマ表が上ると夢遊病になる→食料不足→強い空腹→幻覚→思い出話→どこかへ行く。そして死ぬ。親がこどもに捨てさせたパンを拾って食べざるを得ず、「犬みたいなヤツ!」とあざ笑われる。人間的尊厳がなくなりゴミ箱をあさったり毒草を食べて死ぬ者もいた。

 意見や考えは言えず、批判めいたことを言えば翌日はいなくなる。ロシア兵が監視をし、密告をして連れ去られるから。

 共産党のオルグ(組織を広げる人)が「○○は…」と、誰かを名指しで攻撃する。された人は3日も続くと半狂気になり連れ去られていなくなる。よく働く人を披露、能率向上の手段とするが、二度とよく働けなくなる。無理をして疲労、結核とか病気になってしまう。

 ダモイ(帰国)は日本兵すべての願望だ。「帰国だ。持ち物全部を持って外へ出よ」と収容所内の約千人を並ばせる。だが呼ばれる帰国者名は10人か20人だけ。後の980人は帰国できずに働かされる。悔しがらせて仕事の能率を上げようとする。私がいた間にこれが何十回あったことか。

 たまたま呼ばれて、22年11月に帰国できるようになった。車で次の地へ連れて行かれ、100〜200人の集団になる。ここでも覚えのない反共者と言われ、再び元の隊に戻される人もいた。

 各地からナホトカへ集まった2000〜3000人とかに思想を植える最終段階の人がいた。「日本へ帰っても共産思想に協力せよ(誓約書を書かす)、作業内容を話すな、ソ連の生活は豊かだったと言え、日ソ戦争の場合はソ連に味方せよ」などと言う。

 ナホトカで引揚船を目指し小船に乗る。もう大丈夫と安心するはずなのに誰も笑顔にならない。密告者がいて、赤軍に言われると「帰れなくなる」と伝わっているから。

 小船が沖に出るころ、赤軍が2、3人乗って来て約1時間いた後、迎えの船が来たが、やはり連れて行かれる人がいた。その船が帰ると、とたんに、「ワ―、バンザ―イ」と言った。国境線までまだ8マイルある。少し早めにバンザイをしたが、何とか国境線が越えられて舞鶴に着いた。

 琴平への無料切符をもらい、舞鶴から1、2番目の駅で高齢の婦人が窓からおにぎりを二つ、半紙と新聞に包んでくれた。その時初めて、白いご飯を何年振りかで食べた。

 「悪いことばかり言ったが、民俗思想のもと、密告、告発、罰則など、組織が入ると怖くなる。それを除けると親切なんだが…」と、講演は終了した。

 ネットによると「シベリア抑留者は57万5000人、うち5万5000人が死亡。4万7000人は病気、けがなどで労働力とみなされなくなり、旧満州に移送され、行方不明になっている」(平成17年、厚生労働省発表)とか。

 また、日本の兵役義務年齢は昭和18年から19歳、19年からは18歳に下げられたという。「今の若者たちが召集され、このような立場に立たされたら…」と思うと背筋が寒くなってきた。

 死と背中合わせの2年3カ月。当時の若い鈴木さんに将来、奥さん、子どもさん夫婦、お孫さんたちに囲まれた今の幸せが夢想だにできただろうか。抑留で犠牲になった10万人以上の方々のためにも、「どうか、長生きをして下さい!」と願わずにはいられない。                                       (香川 佳子)
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