天気予報を見る
 
新聞購読申込
TOP > おりーぶ通信 > 記事詳細

おりーぶ通信

エリア

コーナー

過去のニュース

綿の郷で新年交歓

2012/01/19 10:25:28
綿の郷で新年交歓
 観音寺市豊浜町の豊浜綿の郷推進協会(太田繁会長)、社団法人讃岐三白協会(河津學会長)は1月7日、豊浜公会堂で讃岐三白名誉会長で旧丸亀藩京極家、現御当主・京極洋氏(59)=東京都在住=をお迎えして今年も「新年交歓の会」を開催した。

 現御当主・京極洋氏は 平成18年からご出席されており「皆様と共に綿事業が全国に発信されて活発になりますように。そして文化と農業の香川を発展させようと思います」とあいさつ。その後、全国コットンサミット実行委員長で大正紡績取締役の近藤健一氏(琴平町出身)=大阪府在住=による「東北大震災津波災害及び放棄農地へ綿栽培プロジェクト」と題した講演があった。

 近藤氏はオーガニックコットン(有機栽培綿)の世界第一人者で、クラボウの旧観音寺工場で実習し活躍していた。同氏は「綿の起源とロマン、津波による塩害に強い綿を災害地で栽培し、東北コットン栽培を展開して復興の夢を託す希望の綿で復興を目指したい。讃岐三白の一つの綿も、放棄農地の活用と雇用のために故郷ふるさと香川のために多いに協力したい」と150人の聴衆に訴えた。

 豊浜地域も京極藩の奨励で綿が栽培され、1955年(昭和30年)ごろまで綿栽培で頑張ってきた地域であり、住民も潤い、生活、芸術そして文化の振興につながっている。太田繁会長(89)は「埋め立てをする前の海岸渕に綿の花が、あたり一面に咲いていたんですよ…」と懐古。

 綿栽培農業の事業は終戦後に全く消えた。その中にあって豊浜町和田の田中タネ子さん(97)は「わが豊浜の名物として火を消してはいかん。見たこともなく、話もできない子供たちに誇りに思ってほしい」。ただその一念でなにをする当てもなく毎年綿をつくった。豊浜小学校の歴代4年生は、案内を受けて綿の花を見、綿摘みをしている。今は母のあとを継いで田中捷昭さん(73)が綿作りをしている。

 讃岐三白協会では「歴史を顕彰しながら、先人が築き上げた日本の伝統文化を楽しく継承していきたい」とふるさと教育(平成13年教育委員会)の、心を、からだを、頭を耕す勤労生産学習を継続している。

 現御当主・京極洋氏は讃岐香川のために、翌日は丸亀市内で「新年交歓の会」に出席。観音寺市で平成26年に開催される「全国コットンサミット」準備協議会の発足と、伝統文化、観光の支援活動に振興を図られている。
(窪田 利栄)
▲このページのトップに戻る
購読のお申込みは0120-084-459

SHIKOKU NEWS 内に掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。 すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。

Copyright (C) 1997- THE SHIKOKU SHIMBUN. All Rights Reserved.