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慰霊祭で平和を祈願

2011/08/18 11:51:34
慰霊祭で平和を祈願
 戦後66年、10年ひと昔と言うが、あの戦争はもう昔々の話になってしまったのだろうか。
 
 終戦記念日の8月15日、戦争で犠牲となり、尊い命を失った戦士たちの冥福を祈る慰霊祭が開かれ、忠魂碑に詣でた。私の父も、碑の裏に名前が刻まれている131人中の一人だ。地域の遺族会員や昔を知る老人会有志らも訪れていた。

 「今日はちょっと涼しい、早朝のせいかな?」と思いながら、セミしぐれの中、汗をふきふき、皆と周辺の草抜きをし、草集めをしながら、遠い昔を思い出していた。

 あの頃は戦争一色だった。「産めよ増やせよ」。出征して戦える男児の出産が奨励され、十何人以上? 子供を産むと表彰された。鍋や釜まで、家中の金属は強制的に供出させられ、兵器に化けた。

 お寺の大きな釣り鐘も同じく供出の憂き目にあった。食品類や衣服なども思うように入手出来ず、配給制になり、それを購入する切符が配られた。女の子に配給された赤いげたは、喜んで履いても染料が悪いためか、足の裏が赤く染まった…。

 出征兵士のいる留守家庭のさまざまな様子。主人のいない母や嫁の苦労。父のいない農家の重労働。「銃後の戦い」とも言われたが、働き手のいない農家の子供の中には、赤ちゃんを背負って登校する子もいた。

 普通の家庭では考えられないだろう光景を次々と想起・想像した。一人っ子の私も母子家庭になった。進学、就職…。今は、笑いながらの思い出話になっているが、「もし、この戦争がなかったとしたら…」。戦没者が出た時と出なかった時との暮らしは、かなり異なるものになっただろう。

 だが、その上に成り立っている現在の平和な生活。犠牲者やその家族らの苦しみがなくては得られなかった平和な社会。だからこそ。戦争にまつわる話の継承。語り部の大切さが今、必要とされているのだろう。

 複雑な思いを抱きながらも、朝倉修神官の長年続く厚意で、手厚く行える慰霊祭に感謝。わが家に咲いていたユリの花を供え、戦没者らの慰霊と世界の平和を祈願した。

 戦争は避けるべきだ。平和がいい。普通の生活が一番いいと考えながら帰宅の途についた。                                        (香川 佳子)
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