
初姫に小袖を贈ったことを伝える江の手紙

初姫が平穏に過ごしていることを喜ぶ江の手紙
戦国武将浅井長政の三女で徳川2代将軍秀忠の正室・江(1573〜1626年)が、娘の初姫(1602〜1630年)に宛てた手紙2通が9日までに、丸亀市立資料館(同市一番丁)で見つかった。京極丸亀藩初代藩主の祖父京極高次の妻で江の姉の初の養女となった初姫を気遣う内容。現在確認されている江の手紙は、岐阜市にある初の菩提寺・栄昌院に伝わる2通のみで、同資料館は「歴史的史料として極めて価値が高い」としている。
この2通の手紙は15日から同資料館で始まる「浅井三姉妹初と京極展」で特別公開する。
手紙は大高檀紙(おおたかだんし)と呼ばれる最高級紙に散らし書きという形式で書かれている。1通は縦40・2センチ、横63・8センチで、重陽(ちょうよう)の節句の祝儀として小袖(こそで)を送ったことを伝え、娘の幸せを願うという内容。
もう1通は縦39・8センチ、横55センチ。初姫からの手紙の返書で、娘が平穏に過ごしていることを喜び、自身も息災であるので安心するように告げている。初姫から贈られた昆布の礼も添え、「将軍(秀忠)よりもご返事があると思う」などと記されている。
同資料館が所蔵する京極家の道具管理簿「御朱印御系図并道具帳(ごしゅいんおけいずならびにどうぐちょう)」の中には、江からの手紙2通が記載されているが、これまで存在は確認されていなかった。今回、展覧会出品のために東京都の京極家から借用した資料約60点の中から同館学芸員が発見。手紙の内容などから江の書状であることが判明した。
手紙を鑑定した内田九州男愛媛大名誉教授は、「秀忠の御台所でありながら、江に関する史料は極めて少なく、その実像はあまり分かっていない。この書状は遠く離れた娘への気遣いが表れており、母としての一面がうかがえる貴重な史料」と評価している。
ただ、手紙が書かれた年代は不明で、江の直筆であることを裏付ける証拠はない。内田名誉教授は「内容は江の気持ちを手紙にしたものだが、現段階では侍女が書いた可能性が高い。今回の展覧会がきっかけとなって、江の生涯を示す新しい手掛かりが出てくることを期待したい」と話している。