裁判員制度は違憲だ、という声がある。例えば、憲法には国民の司法参加を規定した条文がない。これは裁判員制度などの参審制度を認めないという意味ではないか、という指摘だ。
あるいは裁判官以外の人が裁判に加わった場合、憲法で言う「公平な裁判所」でなくなってしまう、「裁判官の独立」も侵害される―。10を超える指摘をする人もおり、いざ裁判員制度が始まれば、ただちに違憲を訴える弁護士が現れそうだ。
もちろん主流は合憲派で、国も違憲ではないという立場だから導入を進めている。京都大大学院の土井真一教授もそんな合憲派の一人で、ある会合で聞いた主張は自信に満ちあふれていた。
国民参加を明文化しなかったのは当たり前のことだから。最高裁にも職業裁判官以外の人が含まれている。そもそも憲法は、司法試験の合格者でなければ公平になれないとまでは言っていない、などと“論破”していった。
ところがそんな土井さんが唯一、顔を曇らせた問題があった。死刑制度だ。徴兵制度を敷く国でさえ、宗教や良心の点から徴兵拒否を認める例が増えている。死刑判決が出そうな裁判への参加を国民に強いることが、果たして合憲なのかどうか。
毒物カレー事件など死刑判決が出るたびに、裁く自分を想像し、気が重くなっている人もいよう。よく考えてから始める場合もあれば、始めた後に本気で考えるようになる場合もある。裁判員制度は、死刑制度のあり方についても考える機会になりそうだ。