〈色は匂へど散りぬるを〉で始まる、ご存じ、いろは歌。音の異なる四十七文字を一字の重複もなく詠み込んでいる。
先月、平仮名のいろは歌が書かれた最古の土器片が三重県で見つかり話題になった。平安後期の女官が手習いに使ったらしい。
子どもの頃、「いろは歌は弘法大師の作」と祖母から教わり、学校でもそう習った覚えがある。三つ子の魂よろしく、最近まで空海作と信じていたのだが、研究者の間では疑問視されていると、小松英雄筑波大名誉教授の著書「いろはうた」で知った。空海以降の成立で、作者は不詳という。
空海説が流布してきた理由について小松氏が挙げるのは〈仏教的な悟りの境地を暗示〉〈極端な用字上の制約のもとに、これほどすぐれた内容を巧みによみこめる天才は空海以外に考えにくい〉など。数ある大師伝説の一つとの見方だ。
いろは歌には歴史好きをくすぐる挿話が多い。たとえば7字ずつ並べ、各行末尾の字をたどると〈とが(咎)なくてし(死)す〉。罪科なく清らかに死ぬという仏教の理想的境地を表現しているという。後に、竹田出雲が浄瑠璃の外題を「仮名手本忠臣蔵」としたのは、いろは四十七字と四十七士を掛け、咎なくして罪を受けた浪士たちへの共感を込めたとの説も。
小松氏はこうした字の配列も偶然の所産と論断しているが、単なる暗合にしては、できすぎの感がぬぐえない。偏狭な郷党意識と叱られようと、いろは歌は讃岐が生んだ知の巨人の傑作と思いたい。(L)