イタリア中部沖で豪華客船「コスタ・コンコルディア」が座礁し、多数の死者・行方不明者を出した大惨事で、船長の「操船ミス」に加え、緊急時の対応が批判されている。乗客ら全員が避難する前に船から逃げ出し、乗客の命を守るという指揮官が最も果たすべき使命から“職場放棄”したからだ。
危機に際したリーダーの決断によって、生死を分けた惨劇は、110年前の1902(明治35)年に日本でも起きた。世界山岳史上最悪の犠牲者を出した「八甲田山の死の雪中行軍」といわれた事件。新田次郎原作で映画にもなっただけに記憶にとどめている人も多いだろう。
迫り来る日露戦争に対処するため、青森と弘前の軍隊がほぼ同時期に真冬の青森県の八甲田山の行軍を行った。青森は210人の隊員のうち、死者199人を出す悲惨な結果となったが、38人の弘前は一人の死者を出すこともなく任務を終えた。現在も経営学のリーダーシップ論やリスクマネジメントでも取り上げられる事例。
弘前の指揮官の福島泰蔵大尉は情報収集力と決断力にたけ隊員を統率。一方、青森の指揮官は極寒地に対する準備不足や認識不足の上、上官が同行したことで指揮命令が混乱した―ことなどが明暗を分けた原因といわれている。
明治の教えは今にも通じる。昨年は福島第1原発事故の対応などに関して、菅前首相の危機管理能力が問われたが、荒波に浮かぶ「日本丸」の行方は指揮官に大きく委ねられている。(C)