シリーズ追跡 論議呼ぶ保育制度改革
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育ちの場壊さないで

 国の審議会で骨格が見え始めた保育制度改革案。その中身がいたって不評だ。「保護者が園を自由に選べるようになる」「新規参入を促して待機児童をゼロにする」などを柱に掲げるが、当の保育所からは「子どもの育ちの場が壊れる」と反発の声が相次いでいる。関係者の懸念はどこにあるのか。保育所はどう変わるのか。論議を呼ぶ制度改革の行方を探る。

反発

生活リズム保てない

食事、睡眠、遊び―保育所では子どもの発達を考えた生活リズムを大切にしている=高松市内の保育所
食事、睡眠、遊び―保育所では子どもの発達を考えた生活リズムを大切にしている=高松市内の保育所

 おなかいっぱいになった後は昼寝の時間。保育士が優しく寝かしつけると、にぎやかにしていた園児たちも順々に布団に潜り込んだ。
  朝の登園後は園庭などで体を温める、夕方には皆で帰りのあいさつを済ませてお迎えを待つ―。高松市春日町の春日保育園では毎日一定の生活リズムが刻まれる。食事や昼寝の前後には年齢に合わせた遊びや学びの時間がある。「一日の大半を過ごす場所だからこそ、子どもの発達に適したリズムを保つことが大切」。野町文枝園長が話す。
  「でも国の改革案は、こうした育ちの場を壊す恐れがあるんです」。

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  <新たな保育の仕組み>。社会保障審議会少子化対策特別部会の中間報告として、厚生労働省が昨年十二月にまとめた改革案(事務局案)の呼び名だ。保護者、保育所、市町の関係を現在の制度と比べると下図のようになる。
  違いは大きく三点。<新たな仕組み>は、▽保育の必要性を認めた保護者に対して例外なく「受給権」を与える▽保護者と保育所が「直接契約」を結ぶ▽都道府県知事による認可制度を「指定制度」に変える―のがポイントだ。
  いまの制度では、保護者は市町に対して入所申し込みを行う。市町は家庭ごとの「保育に欠ける」事情を考慮し、子どもたちを各保育所に割り振る。このとき保育所側が受け入れ可能かどうかも加味するため、希望する保育所に入れなかったり、入所そのものができず待機児童となるケースが出てくる。
  そこで<新たな仕組み>では、客観的に保育が必要と判断された保護者すべてに、市町が「保育サービスを受ける権利」を認める。これが受給権だ。保護者はその権利を手に、保育所を自由に選んで入所を申し込む。つまり、入所できるかどうかを市町の裁量にゆだねず、保護者と保育所が直接契約を結ぶ方式。保育料も市町ではなく保育所に対して支払うようになる。

    *  *  *

保育制度の比較

保育制度の比較
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  だが、受給権は「保育に欠ける」時間に合わせて決まるため、例えば親の仕事がフルタイムかパートかによって受けられるサービス量が異なる。保育時間の長さや時間帯は子どもごとに違ってくる。
  現状は親の勤務形態などにかかわらず八時間利用が基本。園児たちが大部分の時間を共有する中で、国の保育指針によって「養護」と「教育」の役割が保育所に課せられている。「保育時間がばらばらになっては園全体の生活リズムを維持できない。行事の練習も難しく、ただ預かるだけの施設になる」。野町園長は表情を曇らせる。
  「行政の責任も後退してしまう」と話すのは、あすなろ保育園(高松市屋島西町)の三木一平園長。直接契約になれば、現在の市町と保育所の委託関係はなくなる。保護者は自由に保育所を選べる半面、選んだ施設で何があろうと「自己責任」になるとの指摘だ。
  また、認可制度が指定制度に変わると、現在のように社会福祉法人だけでなく、基準を満たせば民間企業も自由に参入できるようになる。受給権を広く認める以上、受け皿として十分な数の施設が必要だが―。三木園長は危ぐする。「子どもの発達ではなく、保護者にとって便利なサービス、目を引くサービスが優先されないか」。

 

狙い

少子化対策の切り札に

 <新たな保育の仕組み>の狙いはどこにあるのか。
  厚生労働省は保育の地域間格差をまず問題視する。国がかかわるサービスでありながら、居住地によって入所しやすさに差があるのは不公平だという。全国の待機児童数は都市部を中心に約二万人。保育所の定員はここ五年間で十三万人増えたが、潜在ニーズを掘り起こすばかりで待機児童は解消されていない。
  問題解決のためには、保育所の数を大幅に増やさなければならない。ところが、「現在の認可制度は自治体の裁量が大きく、なかなか増えない」というのが厚労省の見方。そこで認可制度を指定制度に変え、企業などの参入を一気に増やそうというわけだ。
  その際の留意点として、同省は「保育の最低基準は維持する方向。自治体も保育から手を引くのではない」と強調。むしろ受給権方式によって、保護者が自ら保育所を選ぶようになれば、施設間の競争意識が高まり質の向上につながると期待する。
  こうした保育改革の最終目的は少子化の克服にある。契機となったのは、政府が二〇〇七年末に出した「子どもと家族を応援する日本」重点戦略。「就労か結婚・出産・子育てか」の二者択一構造を変えると宣言し、保育関連などに最大二兆四千四百億円の新たな財政投入が必要と打ち出した。
  「小皿料理のような子育て支援策は限界。少子化を食い止めるため、女性の仕事と出産を両立させる思い切った制度設計が必要」と厚労省少子化対策企画室。フランスなどでは女性の就業率に合わせて出生率がアップしていると説明する。
  少子化対策の切り札と言える<新たな保育の仕組み>。受給権の決め方や自治体による指定・監査のあり方などはまだ検討段階で、同省は「年度内に制度の骨格を固めたい」としている。

 

本末転倒

国挙げた増設計画が先決

村山祐一帝京大教授
村山祐一帝京大教授

 「乱暴な改革案。現在の制度への評価が低すぎる」。<新たな保育の仕組み>について、日本保育学会常任理事を務める村山祐一帝京大教授(保育学)の見方は厳しい。
  村山教授自身、埼玉県北部で認可保育所を運営。現場の実情を知る立場から、保護者と保育所の直接契約が保育に所得格差をもたらすと指摘する。保育所が入所を決めるようになれば、歓迎されるのは保育料の支払いが滞らない保護者。残業などで保育時間オーバーが続いても追加料金を払う親が“上客”になり、所得の低い世帯の子どもが敬遠される恐れがあるという。
  国は保育所が不当に入所を拒まないように受け入れ義務などを課す方針。だが、「直接契約の中で、市町が状況を監視できるか疑問」と村山教授。監視できたとしても、保育料未納世帯の園児はどうなるか。<新たな仕組み>でも、「契約違反」として辞めさせられる事態を防ぐ方策が検討課題となっている。
  「そもそも市町の関与を弱めて、だれが地域の子育て支援を総合的に考えるのか」。村山教授は憤る。待機児童数を把握できるのは、自治体が入所の窓口になっているから。直接契約の下では、市町は入所待ちの列の長さすら分からなくなると警告する。「参入を自由化してもすぐに保育所は増えない。待機児童の代わりに、実態の見えない『保育難民』が生じる」。
  <新たな仕組み>に「突然の撤退などで保育の確保が困難にならないような措置を検討」とあるように、企業参入の促進も不安材料だ。首都圏では昨年十月、株式会社運営の二十九施設がいきなり閉鎖された。村山教授は「営利目的の企業がそのまま運営主体になるのは危険。参入する際は企業活動と切り離す規制が不可欠」と強調する。
  では現実の課題にどう対処するか。経済状況の悪化で保育ニーズは高まっている。
  「待機児童の解消を含め、現行制度で対応できる」。村山教授はこう断言し、国を挙げた保育所整備計画を早急に打ち出すよう提案する。
  同教授によると、国は一九七〇年代の十年間で約九十万人分の定員増を実現して以降、本格的な保育所増設計画を策定していない。その間に社会の価値観は変わり、共働き世帯はほぼ倍増した。「現行制度が機能しないのは、国が保育インフラへの財源保障を怠ってきたからだ。制度自体を改変するのは本末転倒。自治体の裁量をなくす方向性も地方分権に逆行する」。

【取材】広瀬大

(2009年2月22日四国新聞掲載)

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