地球の発熱が止まらない。その原因とされる温室効果ガスの削減手段として、企業に排出枠を割り当て、その過不足を取引する排出量取引の導入が議論されている。環境省の検討会は十五日、四案を示したが、導入への壁はなお高い。そんな中、県内の液化石油ガス(LPG)販売業者が、二酸化炭素(CO2)の排出枠を付加した商品の販売を始めたほか、広島市は市民参加型の市場創設を目指すなど各方面で動きが出てきた。七月の北海道洞爺湖サミットを控え、にわかに議論が活発化している排出量取引。日本は導入するのか。その時、ふさわしい制度とは。

大阪大サステイナビリティサイエンス研究機構・西條辰義教授に聞く
取引通じてCO2排出量を生産財に
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| 西條 辰義氏(さいじょう・たつよし) 1975年香川大経済学部卒業。米・ミネソタ大大学院経済学研究科博士課程修了。86年米・カリフォルニア大サンタバーバラ校助教授。2006年から現職。専門は制度設計工学。さぬき市(旧長尾町)出身。55歳。 |
温室効果ガスの排出量取引は、一九九七年の京都議定書で採用された削減の仕組み「京都メカニズム」の一つで有効というが、国内の取り組みは遅れている。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第四次報告書の代表執筆者で、排出量取引の制度設計に詳しい大阪大サステイナビリティサイエンス研究機構の西條辰義教授に、制度導入の意義などを聞いた。
―排出量取引が誕生した経緯は。
西條教授 京都議定書の特徴は、先進国の排出量を固定した上で、排出量取引などを通じて排出量に価格を付け、調整する仕組みを取り入れたことだ。「とにかく温室効果ガスを減らさないと温暖化は防げない」という各国の共通認識から生まれたものだ。
―CO2の排出量に価格を付ける意味は。
西條 例えば、ホテルの宿泊料は、使った電気量とは関係なく、普通は使い放題だ。だが、使用量に応じて、お金を支払うシステムにすると、無駄は減るだろう。価格を付ける意味がこれだ。企業の自主行動計画などだけでは、世界の排出総量の確実な抑制は難しい。
―排出量取引は「実際は削減せず、お金を払って削減したことにする制度」との指摘もある。
西條 排出量取引の本質が分かっていない指摘だ。CO2の削減に要する費用は企業や国ごとに違う。「最小のコストで最大の効果を得る」という地球規模での費用対効果を考えた時、排出量取引は有効な手段だ。
―欧州連合(EU)は二〇〇五年から、域内で排出量取引を始めた。
西條 EUは既にノウハウを蓄積している。導入に消極的だった日本は京都議定書以降、「無策の十年」を過ごしてきたと言わざるを得ない。
―国内でも企業などが独自の取り組みを始めたが、制度がばらばらで分かりにくい。
西條 いろいろな取り組みが出てくることは良いことだ。分かりにくいのは、国が制度をつくらないからで、国の責任は大きい。
―日本はどんな制度を導入するべきか。
西條 川下企業というか、事業所ごとに排出量の上限を設定して取引する方法は、その根拠とする各事業所の排出実績を把握するのに、時間と費用が掛かりすぎる。日本のように化石燃料のほぼ全量を輸入している国の場合は、化石燃料の輸入・生産企業など川上企業に排出枠を確保してもらう制度が良いだろう。これを採用して、世界に発信してほしい。
―具体的には。
西條 化石燃料の輸入・生産企業には、輸入した燃料に含まれる炭素含有量と同量の排出枠を政府や海外から購入してもらう。当然ながら、排出枠の分だけ価格転嫁が必要だが、そうなれば、その燃料を用いた生産や消費活動を通じて、多くの人が排出削減に貢献する社会ができる。世界の排出総量を決め、世界全体がこの制度を採用するならば、無理なく世界の排出総量が守られる。要するに、排出量取引を通じて、CO2排出量を石油などと同様に、普通の生産財にするということ。生産活動などで、いくらでもCO2を排出できる時代ではない。そういう意味ではCO2排出量を限られた資源と考えるべきだ。
―この制度下では、CO2の排出が少ない技術を開発すれば、それだけ優位に立てるから、企業の開発意欲も向上する。
西條 その通りだ。また、この制度では、これまでの排出量が少ない途上国が、不利にならない措置も構築しないといけない。地球温暖化問題は小手先の手法では解決しない。炭素税や、企業がよく削減基準にしている原単位(一生産量当たりのCO2排出量)の低減では、世界の排出総量の抑制につながらないケースも出てくる。削減率ではなく、実際の排出量に責任を持つ制度が求められている。極論すれば、低炭素型社会より高炭素価格社会を目指すべきだろう。日本政府には世界規模の制度設計をリードしてほしい。

広島市―市民参加型の市場創出へ 身近なレベルで削減を
家庭の省エネなどで生じた温室効果ガスの排出枠を、企業が買い取る―。広島市が二〇〇九年度の創設を目指す、市民が参加可能な排出量取引市場。実現すれば全国初のケースで、市民が自由に参加できる市場は外国にも例がないという。
■家庭の「枠」購入
「都市単位で温暖化対策を考えると、企業の協力は欠かせない。一方で市民の意識も高まっている。そこで両者が連動する施策を促進しようと考えたんです」。広島市エネルギー・温暖化対策部企画課の細戸寿彦課長補佐は、先駆的な計画の経緯を説明する。
広島市の場合、一〇年度の温室効果ガス6%削減(一九九〇年度比)を掲げているが、削減状況はほぼ横ばい。「従来の啓発型の取り組みでは限界に近い。中長期的な視点で、より実効性の高い対策を進める時期が来ていた」(細戸補佐)。
そこで市は、二〇五〇年度の温室効果ガス70%削減(同)を目標とする計画の策定に着手。集中対策として、〇九年度から市内の大規模企業に削減計画の提出を条例で義務付けるとともに、削減に協力的な市民を評価しようと市民参加型の市場創設を決めた。
想定される市場モデルはこうだ。各家庭が省エネなどの努力で削減した二酸化炭素(CO2)の排出枠を、第三者機関が自治会単位などで購入。大口化した上で削減目標の達成が困難な企業に売却する。市は、市場の活性化に向け参加企業が計画を達成すれば、省エネ設備の補助などのインセンティブを設ける方針だ。
ただ、企業のCO2排出量の実態調査の実施や、市民からの排出枠の認証方法など計画の詳細はこれから。先例がなく手探りな部分もあるが、市は「一番の目的は、企業と市民が互いに削減に向け努力し、協力すること。その結果が地域の脱温暖化につながれば」と期待を込める。
■差し引きゼロに
紙おむつにCD、お中元ギフト、そして駐車場―。CO2排出枠付きと銘打たれた商品やサービスの一例だ。
県内でも、高松市伏石町の大同ガス産業(楠本浩一社長)が、五月から排出枠付きの液化石油ガス(LPG)を、国内のエネルギー企業では初めて発売。これらは、いずれも「カーボンオフセット」という仕組みに基づいている。
カーボンオフセットとは、普段の生活などで発生したCO2を、別の場所で行われたクリーンエネルギー事業などのガス削減事業で得た排出枠を使って、相殺する仕組み。
大同ガス産業の場合、排出権付きLPGを購入した家庭で発生したCO2排出分と同じ金額の排出枠を、中間法人を通じて購入。エネルギーを扱う以上これまで排出せざるを得なかったCO2を、差し引きすることで実質的にゼロにする。
排出枠の購入にかかる費用の四割は同社が負担するため、家庭の負担分は年間二千円程度。これで年約八百キロの温室効果ガスを削減できる。
楠本社長は「温室効果ガスを削ることが、『エコ』をキーワードに商品の付加価値になる時代。新しいサービスの提供をきっかけに、家庭でも環境を考えてもらえれば」。
一方で、活動を狭い範囲で終わらせないためにも、周知活動が占める役割は大きい。「カーボンオフセット」や「排出量取引」の認知度はいまだ不十分なだけに、幅広いアプローチ策に力を入れる必要もありそうだ。

▼京都議定書 気候変動枠組条約の目的達成のため、京都で採択した。先進国全体で2008年から12年までの5年間に、二酸化炭素などの温室効果ガス排出量を1990年比で、少なくとも5%削減するのが目標。日本の数値目標は6%、EUは8%など。
▼京都メカニズム 京都議定書の数値目標を国際的に協調して達成する仕組み。▽先進国間で排出枠をやり取りする排出量取引▽先進国間の共同プロジェクトで生じた削減量を、当時国間でやり取りする共同実施▽先進国と途上国の間での共同プロジェクトで生じた削減量を、当該の先進国が獲得できるクリーン開発メカニズム―などがある。
▼国内排出量取引制度 企業ごとに温室効果ガス排出量の上限を設け、これを超えた企業が排出量が少ない企業から排出枠を購入して、目標を達成したと認める制度。京都議定書の削減目標達成のために、国際的制度の使用が認められ、欧州を中心に実施されている。
【取材】金藤彰彦、山田明広
(2008年5月18日四国新聞掲載)
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