空前の讃岐うどんブームを追い風に県産小麦「さぬきの夢2000」がデビューして五年。期待と不安の中、王国ならではの一家言を持つうどん食いたちの好不評を受けながら知名度は徐々に上がっていた。そこへ冷や水を浴びせる県農協の不正表示事件が起き、良くも悪くも全国の注目を集めることになった。事件後、さぬきの夢2000はどう受け止められているのか。「劣化が早く千切れやすい」と扱いにくさを挙げる製麺(せいめん)業者が多い中で、「いや、風味が良く扱いも簡単」と異議を唱えるうどん店主も出てきた。幾つもの試練を経て浮かび上がった現状や課題を、讃岐うどんに携わる人々の声を基に追った。

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| 収穫が始まったさぬきの夢2000。今年の作柄は上々という=26日、多度津町葛原 |
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「ああ、あれねぇ。扱いにくいから、うちでは(使用を)全く考えてないね」「麺が変わってしまって、客離れが起きたらと思うと、まだ、あれは怖くて使えない」
あれとは県が讃岐うどん用に開発した県産小麦「さぬきの夢2000」のこと。昨秋、さぬきの夢2000をめぐって起きた不正表示事件の際、「加工の難しさ」がクローズアップされたのは記憶に新しい。
うどんに加工したときのモチモチ感や小麦本来の香りが特徴のさぬきの夢2000だが、うどん用小麦として現在主流のASW(オーストラリア・スタンダード・ホワイト)と比べ、タンパク量が1%以上少なく、▽なかなか麺としてつながらない▽麺の持ちが悪い―のが敬遠される理由のようだ。新しい県産小麦開発のニュースに「ぜひ使ってみたい」と期待感が膨らんだ五年前と違って、現在、製麺業者の間で人気はそれほど高くはない。
もの申す
そんな中、異議を唱える人が表れた。東かがわ市でうどん店を経営する丸田文彦さん(52)だ。
「使いにくいと言われるが、そんなことは全くない。コツは機械だけに頼らず、ポイントごとに人の手を加えること。あとは、ASWと同じでいい」と言う。
実際、丸田さんの店で出されるうどんはコシがあって弾力性も抜群。ただ、客の注文を聞いてからゆで上げるため、どうしても時間がかかってしまうのが難点だ。
「慣れてくれば、打てんこともないでしょう。持ちが悪い点も、注文ごとにゆでれば問題ない。でも製麺所やセルフの店で、客を待たすことはできんし、玉売りもやっている。商売のやり方が店ごとに違うから、あまり参考にはならんわな」
坂出市内のうどん店主は、早い・うまい・安いという大原則が守られなければ、魅力ある小麦とはなり得ないとみる。
「このコシや太さ、食感、ダシ、雰囲気でお客さんが来てくれるんやから、そう簡単には変えられない」が本音。「産地がここ(香川)だけやから、天候不順で作柄が悪ければ、年によって品質も安定せん。使いたくても、全体量が少ないから回って来ん。もう少し、様子見ですわ」。
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| さぬきの夢2000で打ったうどん。やや黄色みがかり、モチモチとした食感は、年配の人には懐かしい味 |
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差別化を
県がうどん店を対象に開催した「さぬきの夢2000製麺講習会」。参加した三木町の古市レイコさん(57)の店では、昨年八月から「他店と差別化を図ろう」と夢2000を100%使用したうどんを提供している。
参加の動機は「本当にこれでいいのか、打ち方を再確認するため」だったとか。実際、四人の講師の打ち方はそれぞれ。古市さんが出した結論は「打ち方もいろいろあっていい。それがその店、その店の個性」。
加えて古市さんは「農家の人は一年に一度しか作れない。作っている人の顔や苦労が見える分、使ってみたい、この粉にかけてみたいという思いになった」とも。小さな店だからこそ、小回りが利き、チャレンジできるメリットもある。
食は文化
「われわれの作った小麦が讃岐うどんになると思えば、そりゃあ、作りがいがある」「県産小麦で讃岐うどんを、という趣旨にはロマンがあって大いに賛同するが、まだまだ、発展途上の小麦と信じたい」「生産者、製粉業者、製麺業者とそれぞれの段階で努力し、年々、よくなっている。だが、あと五年くらいは長い目で見てほしい」「いまは、こだわりの時代。讃岐産の粉、○○の水など、産地も重要なアイテム。安全でおいしいうどんが食べられれば」
生産者、製粉業者、製麺業者、消費者。さぬきの夢2000に対する代表的な意見だ。
さぬきの夢2000を香川の重要なブランドとして維持し、適地適作で良質の小麦を確保していくにも「原麦で一万トン、小麦粉ベースでうどん生産量全体の一割ほどに当たる六千トンまで、生産力を高めたい」と県農業生産流通課は意気込む。
県内に、七百軒とも八百軒ともいわれる讃岐うどん店。これまでも独自の工夫や経験と勘で、さまざまなタイプのうどんを提供してきた。小麦、塩、水。食材がシンプルだからこそ、奥が深い。その小麦に、新たな選択肢が一つ増えたことだけは確かだ。

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小麦の品種別面積の推移
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うどん生産量の推移
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県内産小麦の作付面積は一九六五年が一万千ヘクタール。七五年には四百八十ヘクタールにまで激減している。国内産小麦の政府買い付け量の落ち込みや七〇年の天候不順による壊滅的な収量減が響いた。八五年に一時回復基調を示した後、横ばい状態が続いていたが〇三年、さぬきの夢2000の普及で九年ぶりに千ヘクタール台に乗せた。生産量も〇四年産が約三千三百トンとなっている。
品種は農林26号、ダイチノミノリ、チクゴイズミなどと変遷して〇四年以降は夢2000がほぼ100%を占めている。
一方、うどん生産量は八〇年の一万六千八百七十五トンから順調に伸び、ブームの〇三年には六万トン超を記録。ゆで、生、乾燥うどんともに全国一位の生産量を誇る。
夢2000約三千トンを製粉してできる小麦粉は約二千トン。県産うどんに必要な量と比較すると、わずか3%でしかないことが分かる。
国内産小麦は民間流通ルールがあり、播種(はしゅ)前入札をして受給バランスを取っている。夢2000は三千トンまでは県内流通用の相対取引とし、三千トンを超えた分は全国の製粉業者のオープン応札となる。
〇五年産民間流通麦の入札結果によると、夢2000は小麦では最高の四倍の引き合いとなり、基準価格の上限である前年度比7%増のトン四万五千三百九十七円に張り付いた。

うどんブームを支えた安くて安定供給できる強い味方の豪州産ASWがあるのに、なぜ、さぬきの夢2000に肩入れしなければいけないの?
一方、かつての讃岐うどんは地粉が支えており、讃岐うどんと言うからには原料も地元産がふさわしい。少々難はあっても気長に育て、昔の風味を復活させたい―。
こうした議論が起きたのは皮肉にも二〇〇四年の県農協による不正表示事件が発端だった。
うどん生産量の推移=別項=で見たように、県産小麦の占める割合は、現在約3%でしかない。供給量の上から到底太刀打ちできないことは明白だ。それでも、県産小麦の育成に力を入れるのはなぜか。
「麦作を振興し、地産地消を通じて農産物自給率の向上や食の安全性を高めるのが目的」(県農業生産流通課)と説明。だが、そこには香川型農業が抱える同じ図式の難題が待ち構えている。
安定供給のためには作付拡大が急務。県は一〇年の作付目標を現在の二・三倍の二千五百ヘクタール、原麦で約一万トンに設定しているが、「かなり厳しい数字」と不安視する声もある。
生産農家の高齢化や国が〇七年度から導入を決めた食料・農業・農村基本計画への対応がネックとなりかねないからだ。同計画は効率的で安定的な認定農業者や集落営農など大規模経営に重点的に助成する施策転換で、これまでの零細農家は助成が受けられなくなる。
多度津町の生産農家、水沢春征さん(61)は、営農集団(会員十五人)で七ヘクタールを栽培。「刈り取り適期が短いなど難点もあるが、讃岐うどんの原料となると思えば作りがいがある」と話す。一方で「制度変更で助成金がなくなり、(現在六十キロ約八千五百円で取引が)四千円前後では生産意欲はわかない」と農家の声を代弁する。
大手製麺業者の一人は「夢2000のブランド力は全国で高く、いくらでも欲しい。安定供給のために、これから増える団塊世代の定年帰農や遊休農地の活用が鍵を握る」と農家の担い手づくりに期待を込める。
麺づくりの課題はどうか。力が弱く、へたりが早い、伸びやすい―と言われ続けてきた。
吉原食糧(製粉業、坂出市)の吉原良一専務(48)は「この三年で小麦の質が安定、製粉技術も上がり、製麺業者も扱い慣れてきた」と話す。「力が弱い分、よく鍛えればカバーできる。弱点でなく特性として生かせばいい」と発想の転換を説く。
夢2000の開発者で県農業試験場の多田伸司主席研究員も、限られた数量だがと断りながら「郷土の食はその地の産物があって生まれたことを製粉会社、生産者、消費者とも再認識してくれたのでは」と語る。
夢2000の将来については、「ASWに近づけるのは無意味。主流になる必要もない。嫌われるくらい個性があるのだから、個性のある道を行くべき」(吉原専務)。
卓見だろう。少数のうどん店でも個性あるうどんを育てれば、消費者には選択の幅が広がる。
山下和彦、岩部芳樹が担当しました。
(2005年5月29日四国新聞掲載)
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