県農協が、原料の大半にオーストラリア産小麦を使用しながら、「さぬきの夢2000小麦粉100%使用」と不正表示した讃岐うどんを販売していた問題は、県内外に大きな波紋を投げかけている。問題の発覚直後から製麺(めん)業界には「裏切られた」「お宅の製品は大丈夫か」などの苦情や問い合わせが殺到。一企業の問題ではなく、全国に知れ渡った「讃岐うどん」ブランド全体を揺るがしかねない様相を呈している。沈静化しつつあるとはいえ底堅いうどんブームの中、お歳暮シーズンを間近に控えた業界は危機感を募らせる。なぜ、食の安全を担うべき県農協が不正表示を行ったのか。その背景と影響、対策を関係者の証言や識者の分析から探った。

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| 讃岐うどんの不正表示が明らかになり謝罪する遠山理事長(左から3人目)ら県農協の幹部=高松経済記者クラブ |
「あまりにも管理がずさん。これが業界をリードすべき農協の実態と思うと本当に情けない」。不正表示の調査に当たった県農業生産流通課の担当者は、あきれ顔でこう吐き捨てた。
県農協は、不正があった讃岐うどんの製造委託先と正式に契約書を交わしていなかった上、品質に絡むやりとりの記録も残していない。このずさんさが真相究明の大きな障壁となった。 核心は闇の中
県と県農協の調査では、「さぬきの夢2000小麦粉100%使用」と表示した「手延半生讃岐うどん大地」にオーストラリア産小麦粉が平均で約八割使用されていたと判明。「県産小麦100%使用」を掲げたシリーズ商品の「手延そうめん大地」と「手延ひやむぎ大地」でも、混入を示す分析データが出た。
いずれも県農協が安田製粉(内海町)に製造を委託し、同社が下請け業者に再委託していた。そうめんと冷や麦の原料の経路は分かっていないが、讃岐うどんに関しては、安田製粉からオーストラリア産が混ざった小麦粉が下請け業者に渡っていたという。
ただ、混入に至った経緯や時期、そして県農協の関与の有無など核心部分は、依然として闇の中だ。
当初から暗雲
限られた情報を総合すると、動機をめぐってはさぬきの夢小麦の加工の難しさにあるという見方が強い。実際に、県農協が原料をさぬきの夢小麦に切り替えた二〇〇二年十一月の当初から、下請け業者は安田製粉に対し「製造しにくい」と訴えていたという。
県農協は原料切り替えという重要局面にもかかわらず、技術的な裏付けがないまま“丸投げ”していた。「チェック体制が甘かった」(県農協幹部)という以前に、暗雲が立ち込めている段階で製造を見切り発車させ、不正の元凶をつくったといえる。
下請け業者はその後、「文句を言えば製造しやすくなった時期があった」と明かし、混入の割合が変動していた可能性を示唆している。
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| 不正表示が発覚した県農協の半生うどんなどの商品カタログ |
暗黙の了解か
〇三年九月には、安田製粉の当時の社長が下請け業者の訴えに基づき、県農協の担当者に相談した。同社長はその経緯を「県農協に善後策を相談したが、聞き入れられなかったので製造を続けた」と話したという。
言い回しなどから、既にこの段階で混入は行われていたとみられる。県が成分の分析技術を確立した時期とも重なり、同社長が不安になって相談したとも推測される。
ただ、この相談を受けた県農協が内部でどのように検討したかは、書類が残っておらず判明していない。担当者は上司には報告したという。
報告はどこまで上がったのか。そして、不正を認識したのかどうか。その後の対応は―。真相は不明だが、切迫した相談に真摯(しんし)に対応した形跡はなく、「暗黙の了解」があったと受け止められても仕方ない面もある。 根幹揺るがす
不正表示をめぐっては、県が県農協に対し、十一月末までに改善措置を文書で提出するよう指示した。その指示書には再発防止策に加え、原因究明と責任の所在の明確化も盛り込んでいる。
県農協には記録のずさんな管理や安田製粉の当時の社長が体調を崩していることなど、調査を進める上でマイナス要素は多い。が、焦点となる不正表示への関与の有無を含め、事実を鮮明にする義務を怠ってはならない。けじめを付ける意味から処分も不可欠だ。
県農協幹部は讃岐うどんの不正表示が判明した八日の謝罪会見で、反省の言葉を述べながらもそうめんや冷や麦の疑惑を明かさなかった。その発覚後に再度謝罪し、不信感に拍車を掛けた。
今度も同じ轍(てつ)を踏むとすれば、県農協の根幹が揺らぐといっても過言ではない。

「うそぬきうどん」「さぬきうどん お前もか」「詐ぬ欺うどん」「さぬきの夢砕く」―。
県農協の不正表示が明らかになった九日付のマスコミ報道やインターネット上には、こんな見出しが駆け巡った。
全国の消費者の大半が、食の安全への信頼を裏切った、これまでの偽装表示事件の構図を思い描いたに違いない。消費者は今後どんな反応を見せ、讃岐うどんの受けるダメージはどれほどなのか。不祥事を起こした企業の今後の対応について識者に聞いた。
企業倫理に詳しい香川大経済学部の植木英治教授は、雪印食品、日本ハムなどの産地偽装事件や三菱自動車によるリコール隠しなど近年起きた企業の不祥事を例に挙げて、「消費者を裏切ると一企業だけでなく、利害関係者(ステークホルダー)、地域にも致命的打撃を及ぼす」と説明。今回の県農協の不正表示も、「超一級の全国区ブランド『讃岐うどん』のイメージを根こそぎ壊しかねない」と危ぐする。
「プロ野球の選手スカウトで不正が明らかになり、球団オーナーが次々に辞任に追い込まれたのも、企業としての社会的責任(CSR)の欠如」と分析するのはマーケティングが専門の香川大大学院地域マネジメント研究科の西山良明教授。
社会的責任を
ともに、これからの企業経営の上で、いかに社会的責任が求められ、どう応えていくかが大切な要素になってきていると指摘する。
その上で、県農協の不正表示について「原因究明と処理の二つのポイントが重要」(植木教授)という。
原因究明については、なぜ不正表示が行われたのか。なぜ100%県産小麦を使用しなかったのか。業者に委託した契約内容はどうだったのか。誰の意図だったのか―。こうした「幾つもの『なぜ』を自ら徹底解明し、再発防止策に役立てるべき」(植木教授)。
不祥事の事後対応については、県農協は「業務全般の見直しや管理体制の強化」を打ち出している。しかし、事の重大さに対する認識の甘さを指摘する声が圧倒的だ。
「部分的な見直しではなく、抜本的に何をすべきか。自分たちの存在意義とは何かを経営者の責任において考えなければ信頼回復は難しい」(西山教授)。「企業、業界が行動基準や倫理綱領を作り、法令順守が当たり前の時代。利益と同時に倫理を追求する共通認識が不可欠」(植木教授)と猛省を促す。
感情を逆なで
県農協がうどんの不正表示が発覚した後にも、別の製品に不正疑惑があることを公表しなかったことも消費者感情を逆なでしたと言わざるを得ない。「隠すことが問題を一段と大きくし被害も大きくする。誰が見ても納得のいく責任の取り方をすべき」(植木教授)。
閉塞感の時代に消費者が求めたのは、ささやかな本物志向だった。米は○○、魚は○○。その一つがうどんは讃岐だったはず。その消費者の信頼を、食を預かる最前線の県農協が裏切ったのは紛れもない事実。消費者にどう謝罪し信頼を回復するのか、今まさに企業倫理が問われている。

「私から讃岐うどんを取ったら、何も残らなくなる。これまで、ひたすらおいしいおうどんをみなさんに食していただきたい、その一念でやってきましたから…」
県生麺事業協同組合理事長でさぬき麺業社長の香川政明さんは、県農協の不正表示問題の思わぬ余波について、こう言及する。「県産小麦100%でなければ、讃岐うどんではない」との誤った認識が一部消費者の間で広がっているからだ。
「ですから、県農協がどうこうと言うより、まず、讃岐うどんのブランドイメージ、さぬきの夢2000のブランドイメージが失墜しないよう、『私たちにできることはどんなことでもやろう』と百二人の組合員の総意として決めたんです」
70年代に台頭
江戸中期の「和漢三才図絵」に「小麦は讃州丸亀の産を上等とす」とあるように香川をはじめ、岡山、兵庫産の小麦は雨量が少ないなどの地理的条件から、昔から重宝がられていたようだ。特に香川では「お大師さんの伝えた食文化」として、小麦はうどんに形を変えて庶民の暮らしの中で長くはぐくまれてきた。
県農業生産流通課の調べによると、県産小麦の生産量ピークは一九六一(昭和三十六)年の五万三千六百トン。全国的な栽培面積の減少や長雨などの影響で、七三年には九百トンにまで落ち込んだ。そのころからうどん用小麦として日本に入ってきたのがオーストラリア・スタンダード・ホワイト(ASW)だ。
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| 香川の小麦生産量とうどん生産量の推移(クリックで大きくなります) |
県産3%未満
香川さんによると「先人や先輩たちが、少しでもおいしいうどんをと讃岐の伝統技法を駆使し、ASWを使って作り上げたのが讃岐うどん。今日のうどんブームを下支えした」という。一方で、「讃岐うどんは県産小麦で」との声も根強く、八年の歳月をかけて開発したのが二〇〇一年から本格生産が始まった「さぬきの夢2000」。
うどんにしたときのもちもち感やのどごし、小麦本来の香りとうまみが特徴だが、扱いにくい側面も併せ持つ。
〇三年の県内うどん生産量は、小麦粉換算で約六万六千九百八十五トン。さぬきの夢2000の生産量は三千百三十トン。種子用を除く販売量を小麦粉換算すると約千八百トンとなり、うどん全体の3%にも満たない。
県では〇五年産から県産小麦の全量をさぬきの夢2000に転換する計画で一五〇〇ヘクタールに作付けし、六千トンを生産。小麦粉換算で三千三百六十トンの供給を目指す。 原点に返って
県や学識経験者、うどん業界、生産者、それに県農協代表者らで組織する、かがわ農産物流消費推進協議会(会長・北川博敏香川短大学長)では「県産小麦は貴重な小麦だからこそ、100%使用でブランド化を」とこれまで取り組んできた。
委員の一人は「県農協も交えて、話し合ってきただけに許せない。本当にさぬきの夢2000にほれ込んでまじめに努力しているうどん店がかわいそう」。石丸製麺の石丸芳孝社長も「ブランドとして育てようとしていた矢先だけに、作付けを奨励する側の県農協の罪は重い。民間企業では、あり得ない品質管理だ」と指摘する。
「空海が伝え、お遍路さんに接待しながら、伝え広まってきた讃岐うどん。本来は純粋で静かなブームであるべき」と、さぬきうどん研究会の真部正敏会長。「今のブームは作られたブーム。それに踊らされ不まじめでいると、いつかしっぺ返しを食う。讃岐の文化まで否定されることのないよう、今こそ、原点に返って讃岐うどんを考えてほしい」という。
佐竹圭一、山下和彦、岩部芳樹が担当しました。
(2004年11月14日四国新聞掲載)
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