シリーズ追跡

東かがわの人形劇学校と博物館

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世界へ独自の文化発信

 殺伐とした日常を離れ、無垢(むく)で愛くるしい人形と向き合うと心が解き放たれる。なるほど、人形劇は子供のためだけの世界ではない。東かがわ市の名峰、虎丸山を望む丘陵で、全国初の人形劇の学校と博物館が始動して一年。後継者育成を目的にした学校「パペットアーク」には各地から志ある若者が集まり、多彩な講師陣の指導で技量を磨いている。体験型博物館「とらまる人形劇ミュージアム」では、子供たちが見て触れて、人形を生あるもののようにいとおしむ。劇場とらまる座を核に、人形劇によるまちおこしを進めてきた旧大内町の土壌は、三町が合併して昨年誕生した東かがわ市に引き継がれ、全国でもまれな独自の文化が根付きつつある。学校と博物館の一年を振り返り、成果や課題を検証するとともに、夢に向かって懸命に学ぶ学生たちの日常もリポートする。

市のシンボル 広域から集客を 大人が楽しめる作品も

「さるかに合戦」のパネルシアターを上演する人形劇学校の学生たち=東かがわ市西村、とらまる人形劇ミュージアム
「さるかに合戦」のパネルシアターを上演する人形劇学校の学生たち=東かがわ市西村、とらまる人形劇ミュージアム

  パネル上の場面がくるくると変わり、おなじみの昔話「さるかに合戦」のストーリーが展開される。
 子供にも分かりやすいナレーションを加えながら絵を動かすのは、昨年四月に東かがわ市西村に開校した人形劇学校「パペットアーク」の学生、鈴木文さん(32)と阪東亜矢子さん(26)。学生四人でつくる「人形劇団はこぶね」に所属し、とらまる人形劇ミュージアムを訪れた家族連れらの前でパネルシアターを披露している。
 人形劇場とらまる座を拠点にする劇団はこれまでなく、週末に訪れれば必ず人形劇の生上演を見られるようにと、学生から選抜したメンバーで「はこぶね」を編成。四月末にオリジナル作品「さよならUFO」で本格デビューを果たす。
 「役者はどれだけ舞台経験を積むかが大事。いずれ卒業してからと考えていたが、僕らにとってはラッキーですよ」。団員の木田敬貴さん(29)は意気込む。
 昨年三月にオープンした人形劇ミュージアムは、人形劇に特化した国内唯一の博物館だ。手使い人形、マリオネット人形の舞台が設けられ、人形に手を入れて口をパクパクさせたり、糸で操ったりと自由に楽しめる。二階には全国の劇団から贈られた約七百体の人形のオブジェや、世界各地の珍しい人形劇の展示物が所狭しと並んでいる。
 開館一周年記念行事の春休みフェスタが二十七日に開幕。四月三、四日には人形劇団の連絡組織、日本人形劇ネットワーク主催の全国会議が予定され、「とらまるパペットランド」と呼ばれる人形劇ワールドには活気がみなぎっている。

人形との触れ合いが子供たちに人気の「とらまる人形劇ミュージアム」=東かがわ市西村
人形との触れ合いが子供たちに人気の「とらまる人形劇ミュージアム」=東かがわ市西村

合併で焦り
 旧大内町の人形劇のまちづくりは、中條弘矩東かがわ市長=当時町長=の「オンリーワン」を目指す施政方針に基づいている。日本人形劇ネットワークの提案を受けての体験型博物館の整備はその総仕上げの事業だった。
 しかし、旧引田、白鳥両町との合併を二〇〇三年四月に控え、関係者の間では「合併すれば立ち消えになりかねない」と焦りの色が浮かんだ。
 「公立施設として町職員が劇場の運営に当たっていては限界がある」。中條市長は同時に「ノウハウを持った専門家らに任せ、知恵と努力で中身を充実して収益を上げてもらう方がいい」と民間委託の道を探っていた。
 一方、脚本家やプロデューサーなど人形劇を支える人材の不足が全国の人形劇団の悩み。そこで、担い手を育成する学校の設立と民間委託をセットに実現を図ることで劇団関係者と町側の思惑が一致、事業が動き出した。
 劇場とミュージアム、学校などを一体的に運営する法人として、〇二年にとらまる人形劇研究所を設立。理事長にはプロの人形劇団ばんび(愛知県)の大久保一康代表を招へいした。ミュージアムの完成は合併の十一日前。滑り込みセーフだった。
 学校には一期生としていずれも県外から八人(現在七人)が入学。四月には新たに二期生として県人一人を含む七人が門をたたく。

ひもを引っ張ると動く巨大マリオネット=とらまる人形劇ミュージアム
ひもを引っ張ると動く巨大マリオネット=とらまる人形劇ミュージアム

地域に還元
 「とらまるが日本の人形劇のメッカと呼ばれるようにステータスを確立したい。まあ、何年か先のことでしょうが」。大久保理事長はそのために「やりたい、やらなければいけないことがいっぱいある」と言う。
 当面の懸案は伸び悩んでいる来場者の拡大。近隣市町の幼児に偏ることなく、関西圏などより広域から幅広い世代を集客する必要がある。「人形劇による情操教育は定着してきているが、大人も楽しめる劇でなければ。大人の鑑賞に堪え得る高い芸術性を持った作品を生み出していきたい」。
 学校の卒業生のうち希望者には残ってもらい、「はこぶね」をとらまる座の付属劇団として発展させる構想も進んでいる。
 地域住民への成果の還元も課題といえる。旧大内町では十を超すアマチュア劇団が熱心に活動しているが、旧引田、白鳥両町にいかに輪を広げていくか。出前公演やワークショップなどに取り組んではいるものの、浸透には時間がかかる。
 「人形劇が時代とともに色あせていくことがないよう、常にモチベーションを高める工夫が必要です。将来、合併のお荷物などと言われないように」(中條市長)
 東かがわ市は香川の東の玄関として、古い街並みなどの文化資源をネットワーク化し、交流人口拡大による活性化を目指している。劇場やミュージアムのあるとらまる公園は高松自動車道に隣接し、市のシンボルの一つとして観光戦略の拠点にも位置付けられる。
 「高速道を下り、ぜひ寄ってみたいと思わせる仕掛けをつくっていかなければ。でかい夢かもしれませんが、ここをアジアの人形劇の交流センターにしたい」。中條市長は力を込める。
 ドイツの社会学者、マックス・ウェーバーは「新しい文化は中心部でなく周辺部から興る」と説いた。香川から世界に向けて、固有の人形劇文化が発信できれば素晴らしい。

20年間の歩み 青年のレク活動が原点

 人形劇と東かがわ市との出会いは、旧大内町時代の町の青年たちのレクリエーション活動がきっかけだった。
 一九八四年、県内のレクリエーション仲間の交流会に人形劇団を招いた際、会場に子供たちが入り切れないほどの人気を呼んだ。「目をキラキラ輝かせている子供たちから人形劇の魅力を教わりました」と語るのは、活動当初からのメンバーで市とらまる公園事務所の間島喜美雄所長。
 翌年、第一回の「レクリエーションと人形劇のカーニバル」を開催。青年と劇団員たちの手作りイベントに共感した地元の女性たちが、出演者らを郷土料理でもてなすなど大きな盛り上がりをみせ、約千五百人が観劇に訪れた。
 以後、同カーニバルはユニークな文化活動として定着。第五回からは町も加わった実行委員会を立ち上げ、全町レベルの行事に発展させた。今年九月には二十回の節目を迎える。
 町はさらに動いた。ふるさと創生事業の一億円を生かした「町の顔」づくりに人形劇を指名したのだ。九二年、西日本唯一の公立人形劇場「とらまる座」、中世ヨーロッパの街並みを二分の一の縮尺で再現した「ミニチュア児遊館」が完成した。
 当時、議会などからは多目的ホールの整備をと反対が噴出したが、「多目的は無目的と同じ。ホールは近隣の町にもある」(中條弘矩町長=当時)と人形劇に絞った施設とした。
 劇場では年間百ステージ以上を上演。現在は二百ステージを超え、入場者は年間約二万五千―三万人と人形劇場の観客動員では全国一を誇る。県内では金丸座(琴平町)とともに、まちおこしの好例として評価が高い。
 幼稚園、保育所の遠足や子ども会などの利用が多く、二〇〇三年度は約四百団体が訪れた。高松自動車道の開通で愛媛県東部や淡路島方面からの来訪も増えている。

集う若者たち 演劇の基礎みっちり 「将来は自分の劇団を」

 <「人形劇には人間劇にはできないことがすべてできる」「人形を『どう動かすか』というより『どう止めるか』だ」―。感想 自分の体を演劇人として十分通用するまで鍛えておくことが重要。プラスアルファとして人形の表現がある>
 五冊の大学ノートにびっしりとメモや人形の動きの絵が書き込まれている。とらまる人形劇ミュージアムに併設した人形劇学校「パペットアーク」の一期生七人が、交代でつけてきた一年間の講義記録だ。ページをめくると、学生らの真剣な取り組みが伝わってくる。

全国の人形劇団から寄せられた約700体の人形のオブジェ=とらまる人形劇ミュージアム
全国の人形劇団から寄せられた約700体の人形のオブジェ=とらまる人形劇ミュージアム

大学院から
 学生は公募により、試験で選考した。「初の人形劇学校とはいえ、どれだけ応募があるのか」。運営するとらまる人形劇研究所の心配をよそに、全国各地から出願があった。
 志望動機や将来の夢はさまざまだが、人形劇にかける情熱は共通している。さらに関係者を驚かせたのは、大学院出身など高学歴者や社会人が多くいたことだった。
 木田敬貴さん(29)=北海道出身=は、好きなサイレント映画の研究がしたくて一年間働いた会社を辞め、大学院で人間環境学を修めた。演劇経験もあり、舞台の裏方に興味があったことから人形劇に関心を持った。「ひきこもりの子供たちの教育の手法として人形劇を研究してみたかった」。
 阪東亜矢子さん(26)=同=は、知的障害児らの養護施設で働いていたが、札幌でプロ劇団のワークショップに参加。大人向けの人形劇があることを知り、自分もやってみたくなり飛び込んだという。
 修学期間は二年間。七人は授業料が免除され、劇場スタッフなどとして働きながら月七万―九万円の奨学金を受けて生活している。授業は週五日間あり、一日に一時間五十分の講義が三コマ。大久保理事長ら常任講師のほか、全国の著名な人形劇や演劇の関係者が特別講師として指導に当たっている。
 カリキュラムは座学を中心に基本を重視。一年生ではランニングやストレッチなど体力づくりから始め、演劇、パントマイムなどの身体表現、人形操作、美術造形といった基礎をみっちりと学んだ。和の伝統や礼儀を知るため、剣道や日本舞踊にも取り組んだ。

自作を発表
 一年間の締めくくりとして、二月には七人全員が自作の人形劇を発表した。動物を題材に多様性を認め合うメッセージを込めたり、携帯電話をテーマに現代社会を風刺したりと、多彩な作品が並んだ。
 プロ劇団で四年間活動していた鈴木文さん(32)=東京都出身=は「ちゃんとした指導も受けずに演じてきたが、一年間の研修で人形劇の奥深さに触れた。やらされていたのから、心底やりたいという意識に変わった」と内面の変化を話す。阪東さんも「気持ちが解放され、即興でも抵抗なく舞台に立てるようになった」と振り返る。
 大久保理事長は「劇団に入っても養成に最低三年はかかる。花開かせるには基礎をしっかりやらせたい」と長い目で見守る。
 大学院から転じた貴志周さん(25)=大阪府出身=は、将来の夢について「人間の本質を描き、見る人に活力を与える人形劇をつくりたい。自分で劇団を立ち上げられればいいなと思う」と目を輝かせる。
 「研究所に残って、不登校やひきこもりなどの問題を人形劇を通じた演劇的表現で解決したい。ここに演劇の大学をつくるのが夢です」とは木田さん。
 四月に入学する二期生も既に現地入りしている。大学を休学する富岡優理子さん(19)=千葉県出身=は「言葉を超えて人と分かり合える世界を、ここでつかみたい」と抱負を語る。
 大学卒業を目前に中退してきた本田誠さん(23)=熊本県出身=は「教師としてよりも、非日常で子供たちとかかわり合うことに引かれた」と舞台に立つ日を夢見る。
 全国初の人形劇学校が、どんな人材を輩出し、新たな可能性を切り開くのか。彼らの未来が楽しみだ。

 谷本昌憲、岩部芳樹が担当しました。

(2004年3月28日四国新聞掲載)

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