シリーズ追跡

医師名義貸し問題の深層

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大都市偏在が横行招く

 大学医学部の医師が医療機関に名前を貸し、勤務実態がないのに報酬を受け取る「名義貸し」が問題化している。文部科学省が二十二日発表した調査結果では、二〇〇二年四月から〇三年九月までに、医学部を持つ全国七十九大学のうち五十一大学の延べ千百六十一人が名義貸しに及んでいた。香川大でも延べ三十二人(大学院生三十一人)が判明。全員が非常勤医(アルバイト)として勤務はしていたが、本来取得できないはずの健康保険証の交付を受けており、医療機関側が常勤医と偽って県に届けていた可能性が高い。なぜ大学院生に名義貸しが集中しているのか。病院側が医師数を水増しする理由は何か。背後に見え隠れする大学と病院のもたれ合いの構図に迫る。

なぜ起きたか 実情に合わぬ定数 院生、違法の認識なし

大学院生ら延べ32人の名義貸しが明らかになった香川大医学部=三木町
大学院生ら延べ32人の名義貸しが明らかになった香川大医学部=三木町

 「学生にしてみれば、青天のへきれきだっただろう。違法という意識なんて全くなかったのではないか」。学内調査の結果を発表した香川大の岡部昭延医学部長は、名義貸しとみなされる行為をしていた大学院生をかばうように話した。
 香川大の説明によると、調査は昨秋に二回、医師免許を持つ職員や学生四百六十人を対象に実施した。名義貸しの類似行為について自己申告があったのは延べ三十二人で、実数は二十人。勤務実態はあったが、病院側が常勤医と偽っていた可能性があり、類似行為と判断した。いずれも男性で、週に三―一日、県内外の個人病院十数カ所で働いていた。
 うち、国民健康保険から社会保険に切り替えられていたのは十八人(二人は未確認)。「いずれもこちらから(切り替えを)持ち掛けたわけではない。知らないうちにそうなっていたのでは」。松浦昇総務学務課長は推測する。

 夜間当直も
 名義貸しの類似行為が大学院生に偏っている事情について、松浦課長の説明は明快だ。「院生は生活に困っているから、医療機関でのアルバイトは欠かせない」。
 医師免許を持ちながら、ほとんどが無職。結婚して家族を養わなければならない人もいる。大学病院に勤める若手医師と異なり、給料は出ない。しかし診療や実験、研究が深夜にまで及び、自由に使える時間は限られている。それでいて、年間五十万円余りの授業料を納めなければならない。
 院生でも、リサーチアシスタント(研究補助者)などの制度の適用を受ければ、大学から報酬を得られる。しかし年間二十万円ほどにすぎず、十分とはいえない。アルバイトをせざるを得ないのだ。
 ある元院生は、週末を病院でのアルバイトに充てていた。医局の紹介で始めた。夜間の当直医などが仕事で、土曜の朝から日曜の晩まで働いていたこともあるという。
 報酬は「拘束時間にもよるが、週二日なら月に二十万円程度」(岡部学部長)とされる。診療アルバイトは格好の収入源だったわけだ。

少年犯罪の推移
「大学院生の勤務実態を明確にし再発防止に努めたい」と話す岡部昭延・香川大医学部長

 達成は71%
 医療機関が、名義を借りてまで医師数を水増しする背景には、医師の配置基準の問題がある。
 医療法では、病床数や外来患者数によって医師定数が決まっており、診療報酬の獲得は定数を満たしているのが大前提。もし医師数が定数の六割以下なら、入院基本料の12%、五割以下では同15%をカットされる。その他の診療報酬にも影響があり、医師数は病院経営のカギを握っている。
 「でもね、この配置基準に問題があるんですよ」。東讃の勤務医は医療法への疑問を投げ掛ける。「若い医者の多くは、腕を磨きたいから都市部へ集まる。それなのに基準が全国一律なのは無理がありますよ」。現実に、香川大医学部の卒業生で県内に残るのはわずか三、四割だ。
 二〇〇二年度の厚生労働省の調査では、配置基準を満たしている病院は全国平均で75%、県内ではさらに低い71%にすぎなかった。つまり、三割近くの病院で医師の数が足りていない。その事実が、名義貸し横行の一因となったことは間違いないだろう。
 「東北や北海道に比べると、香川ではあまり医師が不足しているという印象はないのだが…」と話すのは東讃の開業医。「中には、確かに医師が足りず困っている病院もあると思う。でも、単に利益を重視して非常勤を雇い、常勤と偽っているところもあるんじゃないかな」。
 名義貸し問題の発端となった北海道・東北地方では、配置基準を達成している病院の割合は52%で、県内とは大きく隔たりがある。一概に配置基準のせいばかりではなさそうだ。

 結果として
 大学院生と受け入れ先の病院を結び付けた糸を、香川大は「先輩からの引き継ぎなど個人的なつながり」と強調する。一方、医学部出身者の一人は「医局抜きで診療アルバイトを紹介されるとは考えにくい」と指摘する。
 医局とは、診療科の教授を頂点とした組織で、医師派遣などの人事権を実質的に握っている。東讃の別の開業医は明かす。「受け入れ側としては、医局に認められた人を雇う方が安心だし、交代要員を用意してもらいやすい。医局としても、研究を手伝ってくれる院生の生活を保障してあげようと、アルバイトを紹介していたはずだ」。
 この点について、岡部学部長は「先輩からだと聞いている。それが医局経由かどうかまで立ち入って調べてはいない」と話す。しかし関係者の話を総合すると、医局を通すことで、大学院生にとって違法行為との意識が薄まった可能性は否定できない。
 「結果として名義貸し行為につながった」「結果として社会の不信を招いた」。岡部学部長は「結果として」というフレーズを何度も繰り返した。
 名義を貸した形になった大学院生はもちろん、大学にも脇の甘さがあったことは明らかだ。

再発防止策は 雇用の透明性確保へ 悪質なら保険医取り消し

医師の名義貸し実態調査結果
医師の名義貸し実態調査

 文部科学省の今回の調査は、大学の医師側のみを対象に自己申告の形で実施された。調査対象期間が一年半と短く、受け取った報酬額や名義を借りた医療機関については調査していない。肝心の部分に切り込めておらず、「不十分ではないか」との指摘がある。
 同省医学教育課の神田和明課長補佐は「数字の多寡の問題ではなく、不正があること自体、許されるものではない。誠に遺憾」と話す。
 その上で「学生に全く認識がないまま常勤扱いされている場合もある。病院側に対する調査権もないことから、実数とは考えていない」と学内調査の限界を認める。

 堅いガード
 香川大医学部で延べ三十二人の名義貸しが明らかになったことについて、県医務国保課の竹中正博課長は「これまでの検査では把握できていなかった」と困惑の色をにじませる。
 県は医療法に基づき、病院(病床数二十以上)は年一回、診療所(同十九以下)は三年に一回、立ち入り検査を実施。保健所の職員らが、医師数、施設、衛生面などが基準を満たしているかどうかをチェックしている。勤務時間数や健康保険加入の有無なども調べているが、これまでの検査では特に問題点はなかったという。
 文科省の調査結果を受け、県も実態把握に乗り出したが、大学側の堅いガードに阻まれている。
 名義を借りた病院名や貸した医師名の提出を要請したのに対し、香川大は「直接調査できていないものは出せない」として病院名の公表を拒否しているのだ。
 「時間はかかるが、提出を受けた医師名と過去の検査資料から調べていけば、病院の特定は可能だろう」。県は遅くとも三月末までに、立ち入り検査に入りたい意向を示す。
 立ち入り検査によって、非常勤の要件しか満たしていない医師が常勤医として登録されていたり、虚偽報告などの不正が見つかれば、県は改善を指導する。だが、不正のあった病院名は「公表しない」としている。
 また、人員水増しなどによる診療報酬の不正請求があった場合、国の出先機関である社会保険事務局が監査を実施、悪質なケースは保険医療機関の指定取り消し処分の対象となる。香川社会保険事務局によると、県内では過去五年間に四件の指定取り消し処分があった。
 名義貸し問題でも不正請求がはっきりすれば、処分が行われる可能性がある。

 手当を支給
 再発防止策について、文科省の神田課長補佐は▽研修などによる注意喚起▽医療機関での身分や雇用条件の明確化▽大学院生に対する国民健康保険への加入促進▽大学院生の処遇改善―などを挙げる。
 香川大医学部の岡部昭延学部長は「今後、院生に就労契約書の写しの提出を義務付けたい」と雇用契約の透明性確保を強調。県医務国保課の竹中課長は、従来の立ち入り検査の甘さを認め、「検査の在り方を再検討しなければならない」と話す。
 問題の背景にある大学院生の生活保障をめぐっては、新たな動きもみられる。
 東北大では、同大学病院でこれまで無給で診療に従事してきた院生に、来年度から夜間当直などの手当を支給する。名義貸し対策が主目的ではなく、国立大学の独立行政法人化に伴い医師全員に労働基準法が適用されるのを受けた取り組みという。
 岡部学部長は「院生の勤務を労働とみなすか勉学とみなすかだが、あくまで臨床研修の一環」との認識を示し、「今後の検討課題としたい」と述べるにとどめている。

 六車禎貴、岩部芳樹が担当しました。

(2004年2月1日四国新聞掲載)


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