| さぬき市が試験飼育中のイルカの運命が決まる日が近い。自閉症児らの発達を支援するイルカセラピー(介在療法)の事業化に向けて、試験飼育が始まったのが二年前。イルカは県内外から大勢の見学者を集め、市のイメージアップにも一役買った。しかし、試験期間は二〇〇三年度末まで。市が正式に事業化するかどうかを判断するリミットは年内に迫っている。期限切れを前にして、イルカ飼育の継続を目指す地元有志による署名活動が行われ、住民もにわかに動き始めた。高知県室戸市は八月から、大学と共同でイルカセラピーの調査研究を始めたところで、さぬき市の判断にも注目している。現在三頭いる愛くるしいイルカの姿は来春以降も、さぬき市で見られるのだろうか。
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| 「イルカとタッチしようね」。イルカと触れ合うことで子供のコミュニケーション能力の向上などが期待される=さぬき市津田町 |
津田の松原を対岸に望む小さな岬の突端に、さぬき市のイルカ試験飼育場がある。八月下旬、愛知、滋賀、奈良などから自閉症児ら八人と家族計三十人が参加し、イルカセラピー(介在療法)が行われた。
最初は恐る恐るイルカに接し、身を縮めていた子供たち。えさをやりながら体に触れたり、水中で一緒に泳いだりするうちに、明るい笑みがこぼれるようになった。
スタッフは全国から自然発生的に集まった大学の研究者らが務めた。セラピーの順番待ちをする家族も多く、イルカセラピーの試みは着実に広がりをみせている。
しかし、関係者の胸中は不安でいっぱいだ。「もう来年からは、ここでセラピーを続けられないかもしれない」。
リスク懸念
イルカの飼育は、合併してさぬき市になる前の旧津田町が計画。津田湾の埋め立て地に運動公園や福祉施設を整備する事業の目玉として、イルカ介在療法の施設をつくる構想だった。
旧津田町は合併半年前の二〇〇一年十一月、バンドウイルカの試験飼育を始め、合併後はさぬき市が継承した。市から委託された民間会社がセラピーのほか、一般向けの触れ合い活動などを行っている。
市は今春までの予定だった試験期間を本年度末に延長し、本格的な事業化の可否を検討中だ。もしも撤退なら、来年度以降、イルカの姿は消えることになる。
来年度の予算編成に向けて、市が結論を出す期限は遅くても今年中。しかし、期限が間近に迫っても、イルカ論議が盛り上がる気配はない。打ち切るための材料は豊富にあるが、継続する材料には乏しいのが現状だ。
イルカ介在療法の参加者は、ほとんどがさぬき市外、それも県外から。「ほかの自治体の住民のため、市の予算を充てるのに市民の理解が得られるのか。自閉症児の支援が目的なら、国や県が金を出すのが適当」と市議の一人は指摘する。
市が民間会社に支払う委託料は年間二千五百万円。旧津田町出身の元市議は「イルカがいるPR効果を考慮すれば可能な範囲」と話すが、ある市幹部は「合併直後で財政効率化が最優先。イメージだけでは簡単には出せない」と消極的だ。
試験飼育中に二頭のイルカが死んだ。一頭はビニール袋を詰まらせ、一頭は台風で網にからまるという不慮の事故だったとはいえ、飼育のリスクの大きさに市は及び腰になっている。
また、イルカを人間のセラピーに使うことに反対する国内外の動物保護団体などから、今月に入り抗議のメールが寄せられるようになり、担当者は頭を悩ませる。
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| イルカ飼育の継続を要望し、住民有志が行った署名活動=高松市内 |
集客に疑問
「イルカを目当てに訪れる見学者を地域振興に結び付けられないか」。こうした活用策を探る声も市職員にはある。
試験飼育の開始以降、二年近くで県内外の十四万人以上がイルカ見学に訪れた。今でこそペースは落ちてきたが、休日には県外ナンバーの車が頻繁に見掛けられる。
しかし、市の関係者の大半は「目新しさがあったからこその数字。リピーターが果たしてどれだけいるのか」と集客効果に懐疑的だ。
冬場にも事業を行うためには屋内施設も必要。だが、費用対効果を論じるまでもなく、ほとんど議論の俎上(そじょう)に載らなかった。
「人を呼ぶために行政が動物を飼うのは時代遅れ」と市幹部は言う。かといってセラピーに特化するわけでもない。
結局のところ、さぬき市がイルカ飼育を通じて何を目指すのかが見えてこない。そもそも周囲の高い関心にもかかわらず、論議が十分に行われたとはいえない。
ベテラン市議が解説する。「合併の持ち込み事業だから、簡単にはやめられない。大半の議員は当局がやめると提案するのを待っていて、賛成するつもりだろう」。
市当局にも「腫れ物にあえて触ることはない」というムードが漂う。現時点で、市がイルカ飼育の打ち切りに傾いているのは否定できない。
署名2万人
イルカ飼育の見通しが暗い状況に、事業化を要望している住民は危機感を募らせる。
有志でつくる「さぬきドルフィン友の会」は、継続を求める署名活動を今夏に実施。さぬき市のほか高松市などで協力を求め、署名は二万一千人余りに達した。
署名活動を進めた堀尾全一さんは「県外からもこれだけ注目される施設は他にない。みすみすと手放してもいいのか」と市の姿勢にじれったさを感じている。友の会は「癒やしの街づくり」などと訴えるが、市の考え方との落差は大きい。
市は民間会社から十月末までの活動実績の報告を受け、事業化の問題点を検討した上で、結論を出す方針だ。市企画部の岡野伸二部長は「来年度以降について、現在は白紙の状態」と強調する。
友の会のメンバーは「一番問題なのは市民にイルカに関する議論が全く見えてこなかったことだ」と指摘する。市はいずれの結論を出すにしても、市民が納得のいく理由の説明が求められる。

さぬき市のイルカ試験飼育場で、自閉症児らを対象に行われているイルカセラピー(介在療法)の効果に関して、麻布大獣医学部の太田光明教授は「効果に関して誤解もある」と指摘する。最も多いのは自閉症が治ると考えられている点だ。
八月にNPO法人(特定非営利活動法人)「日本ドルフィンセラピー協会」を設立した辻井正次・中京大助教授は「自閉症が完全に治癒することはない。セラピーの目的は自閉症児の発達を支援することにある」と強調する。
自閉症は先天的な脳の障害が原因とされる発達障害。イルカセラピーは自閉症児らの発達支援を促し、その中でも「余暇支援」、日常生活を充実させ、社会的な自立へとつなげるためのプログラムの一環として位置付けられる。
イルカセラピーは、人への癒やし効果があるとされる犬や馬などを用いた動物介在療法(アニマルセラピー)の一種。一九八〇年ごろに米国で研究が始まった。国内ではさぬき市、高知県室戸市のほか、山口県下関市、愛知県美浜町、千葉県鴨川市の水族館などで実施されている。
イルカには人を癒やす神秘的な力があるというイメージが持たれるが、これも誤解。子供はイルカと一緒に泳いだり触れ合うことで、挑戦心がわいたり、達成感を味わうことができる。そうした体験を通じて、子供の学習意欲やコミュニケーション能力が向上する効果がセラピーに期待されている。
これまでの研究では、子供の積極性が高まるなど一定の成果はみられている。しかし、科学的な裏付けはなく、まだ調査研究の段階にある。

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| 麻布大の協力で8月から始まったイルカの試験飼育=高知県室戸市、室戸岬漁港 |
太平洋の荒波が岩礁に砕け散る高知県室戸岬。岬に程近い室戸岬漁港で、つがいのバンドウイルカが大きな口を開けてえさをもらっている。
室戸市と麻布大(神奈川県相模原市)が、共同事業として八月上旬から試験飼育を行っているイルカたちだ。埋め立て地の一角を網で仕切った飼育プールは広さ約千二百平方メートル。高い防波堤で外海と遮断されている。
市水産課によると、飼育の目的はイルカを通して動物と人との関係を学術的に調査研究すること。同時に、地元の子供たちや近くにある国立室戸少年自然の家を訪れる青少年にもイルカとの触れ合いを楽しんでもらうという。
過疎に悩む市の集客力を高める施策の一環とも位置付け、「地域おこしにつなげたい」と意気込む。
不便が利点
室戸岬漁港は遠洋マグロ漁船の基地として栄え、高知県が戦後、港湾機能を高めるため埋め立てなどの整備を進めてきた。しかし、国の減船の方針に伴い利用が見込めなくなり、官民で組織する活性化推進協議会が活用策を検討していた。
さびれた港町にイルカを呼ぼうとの案は、地元選出の県議が昨年、さぬき市の飼育施設を訪れ、「室戸でもできないか」と関係者に持ち掛けたのがきっかけだった。
学長が高知出身という縁を頼り、イルカセラピー(介在療法)を研究している麻布大獣医学部の太田光明教授に接触。現地に視察に来てもらい、「網、いかだなどの施設を市が整備してくれるなら」との条件で実現にこぎつけた。
太田教授は「室戸は水がきれいで、水温も高い。都会から離れた不便な土地だからこそ、落ち着いてセラピーを受けることができる」と環境面を高く評価する。
イルカの購入、輸送を含む管理費は大学側が負担し、市の当初の支出は実質百万円程度ですんだ。
飼育プールでは、同大動物人間関係学研究室の学生、大学院生数人が常駐し、イルカの世話に当たっている。平日でも家族連れらが次々と訪れ、見学者はこれまでに延べ五千人以上に上っているという。
今月に入って、自閉症の児童二人を招いてイルカセラピーを施す「ドルフィンスクール」を初めて開催。イルカとの触れ合いに加え、シーカヤック体験などを組み合わせたプログラムを行った。えさやりなど見学者向けの触れ合い体験も、調査研究に支障のない範囲で受け付けている。
地元も歓迎
地元の支援ムードも熱を帯びてきている。
飼育開始に合わせ、漁協など関係者約三十人が「室戸岬イルカ飼育サポーターの会」を発足。施設周辺の清掃やイルカセラピーのPRなどの活動に取り組んでいる。八月十八日には太田教授らを迎え、盛大に「イルカ歓迎祭」を開いた。
試験飼育の期間は当面、二年間を予定している。市は「できるだけの協力をし、効果をみながら続けていくようにもっていきたい」(水産課)と将来の事業化に前向きな姿勢をみせる。
ただし、さぬき市のように年間千万円単位の予算措置をすることは難しいとの認識も示し、現時点で大規模な財政支出は想定していないという。
事業の意義やメリットをある程度認めながらも、財政難を背景に税金の投入には慎重な構えを崩さない。さぬき市と事情は共通している。
福岡茂樹、谷本昌憲が担当しました。
(2003年9月28日四国新聞掲載)
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