シリーズ追跡 高知道玉突き事故は防げたか
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問われるトンネル内停車
 十七日、県出身の親子三人が犠牲となった愛媛県川之江市の四国横断自動車道(高知自動車道)玉突き事故は、高速道トンネルに潜む恐怖をまざまざと見せつけた。急峻(きゅうしゅん)な四国山地を貫き、トンネルと橋りょうが連続する同自動車道川之江(愛媛県川之江市)―南国(高知県南国市)間。暫定二車線、対面通行のトンネル内で、ごう音を立てて迫って来る大型トラックに肝を冷やしたドライバーは少なくないはずだ。現場近くの別のトンネルでは、四年前にも片側交互通行のため停止中の車に後続の大型トラックが追突する死傷事故が起きている。通行規制の方法は適切だったのか。道路構造に問題はないのか。惨事を二度と繰り返してはならない。今回の事故の背景を検証する。

3本連続 安全性か利便性か 「外なら30分待ち」と公団

県出身者ら5人が死傷した玉突き事故現場。公団の通行規制の在り方が問われている=17日午後4時ごろ、愛媛県川之江市の高知自動車道法皇トンネル
県出身者ら5人が死傷した玉突き事故現場。公団の通行規制の在り方が問われている=17日午後4時ごろ、愛媛県川之江市の高知自動車道法皇トンネル

 トンネル内には原形をとどめないほど大破した車が、オレンジの光に照らされていた。黒煙が上がり、ゴムの焦げたような異臭が鼻をつく。
 高知自動車道の法皇トンネル(愛媛県川之江市)で発生した玉突き事故から約三時間後。現場に立った本紙写真部記者は、事故のせい惨さにたじろいだ。

 規制に制約
 日本道路公団四国支社によると、事故当時、法皇トンネルではラジオ用のケーブルの張り替え工事中。高知道は片側一車線のため、十分間隔で上下線の車を片側交互通行させる規制を行っていた。
 停止線は、高知に向かう下り車線が法皇トンネル北口の手前約八十メートル、事故が起きた上り車線は南口からトンネル内に一キロ程度入った地点に設定していた。
 事故の直接の原因は、一時停止中の車に追突した大型トラックの前方不注視にある。しかし、暗く走りづらいトンネル内では、車を見落とす恐れが大きいことは容易に想像がつく。

地図 なぜトンネルの外で車を停止させられなかったのだろうか。
 高知道は、法皇トンネル(三一二〇メートル)から高知方面に、大影(一二九〇メートル)、黒田(一八四〇メートル)と三本のトンネルが連続している。各トンネル間の距離は法皇と大影が約百メートル、大影と黒田が約二百メートルしかない。
 このため法皇トンネルの手前で車を停止させても、十台も並べば最後尾は大影トンネルの中まで延びてしまう。大影トンネルの手前にしても同様のことが起きる。
 トンネル内での停車を避けるには、停止線を黒田トンネルの手前にまで下げるしかない。
 しかし、その場合、別の問題が起きてくる。上下車線の二本の停止線が六・五キロ離れるため、車を交互通行させるには、三十分以上の停車時間が必要というのだ。
 「三十分も車を待たせれば、高速道を使うメリットが失われる。利用者の不満も大きい」
 そして停止線はトンネルの中に引かれた。

事故現場付近の通行規制状況
事故現場付近の通行規制状況
(▲クリックすると大きい画像が見られます)
法皇トンネル衝突事故状況図

 人命優先を
 車をトンネル内に停止させるか、三十分待たせても外に停車させるか。利便性と安全性をてんびんに掛けた結論が、果たして適切だったのかどうか。
 公団は「夜間に規制を行うのも方法の一つ。いろいろな兼ね合いを検討した上で、今回はトンネル内の停車を決定した」と説明する。「規制情報の表示や誘導員の配置など、ドライバーの注意を喚起する対策も十分に講じており、安全性は軽視していない」。
 しかし、高速道の交通安全を調査する日本ハイウェイセーフティ研究所(静岡県)の加藤正明所長は「トンネルではドライバーの注意の及ぶ範囲が狭くなる。そこで停車すれば事故の危険性が増すのは想定できた」と指摘。「公団は長時間止めることになっても、人命の優先を選択するべきだった」と疑問を投げ掛ける。

 改善を検討
 高知道では一九九九年にも、似通った状況で五人が死傷する事故が黒田トンネルで起きている。公団は、この事故を教訓にドライバーの注意喚起を強化してきた。
 法皇トンネルの規制でも、愛媛県警と事前協議をした上で「追突注意」「ハザード点灯」などの表示を当時より充実させている。停止車の最後尾で警戒する保安員らも増員した。
 それでも事故は防げなかった。トンネル内での停止が玉突き事故の誘因になったことは否定できないだろう。
 道路交通に詳しい香川大工学部の土井健司教授(社会基盤計画)は「いくら情報を出したといっても、受け手が認識しないと意味がない。トンネルが連続する高知道での運転は大変なストレスを伴う。一般道への迂回(うかい)も促して危険回避を図るなど規制の在り方を見直すべき」と話す。
 公団は「今回の事故の状況を詳しく調査した上で、改善する点を詰めていきたい」とトンネル区間での規制方法を見直す意向を示している。

対面通行 狭い規格に圧迫感 4車線化完成なら解消

 取材班は事故の三日後、高知自動車道を実際に走ってみた。四国の背骨の険しい山並み。トンネルを経るごとに粉雪が激しく舞い、銀世界が広がっていく。穏やかな平野部を横切る高松自動車道とは全く別の峻厳な姿がそこにあった。
 高知道は大豊(高知県大豊町)―南国間が一九八七年、川之江―大豊間が九二年に開通。高松市―高知市間を一時間四十分で結ぶ動脈として高い事業効果を発揮している半面、ドライバーの評判はすこぶる悪い。対面通行の狭苦しいトンネルが続くせいだ。
 「壁に吸い寄せられるような錯覚を覚える」「単調な景色の連続が眠気を誘う」「設計速度の八十キロを守れば、後ろの車にあおられる」…。
 ただし、事故が多いかといえばそうでもない。一億台の車が一キロ走った場合に起きる死傷事故件数は、日本道路公団四国支社の調べで全国の高速道平均十一件に対し高知道は九件(二〇〇一年)。交通量が比較的少ない上に、ドライバーが危険と認識し注意を強める作用も働いているのだという。

 旧式の施設
 両区間の規格は、計画交通量などを基に道路構造令で定められている。
 トンネル内の車線の幅は、ポストコーンを設置した中央部分を含め三・五メートル。しかし、路側帯が〇・五メートルしかない。公団は「安全面に問題はない。仮に大きな規格にしていれば、建設費が膨らみ、開通時期も大幅に遅れたはず」と説明する。
 同じ暫定二車線でも、二〇〇一年に開通した高松自動車道板野―津田東間は、路側帯が一メートルある。五十センチの差だが、圧迫感は格段に違う。
 照明も、オレンジの低圧ナトリウム灯を採用した高知道は、ドライバーの目に薄暗く不気味に映る。こちらも、新しい高速道路では白っぽい蛍光灯などが使われ、イメージが随分和らいでいる。
 十年以上前に造られたルートゆえ、施設面の不利は仕方がないともいえるが、いつまでも受忍すべきかどうかは議論が分かれるところだろう。
 一方、ルートは四国の太平洋側と瀬戸内海側を最短距離で結び、参勤交代にも使われた土佐街道に重なる。公団の見解は「どう線を引いてもトンネルと橋は必要。コストや距離を考えると、ベストの選択だと思う」。
 しかし、識者の間では異論もある。
 事故現場付近のように千メートルを超すトンネルが三本も連なる個所は全国にそうない。香川大工学部の土井健司教授は「こんな山の切り方をするのは日本くらいのもの。距離が長くなっても、できるだけ迂回して構造物を避けるのが国際標準だ」と指摘する。

 着工率88%
 川之江―大豊間を走ると、西側に工事中のトンネルや橋脚が目に入る。現在、本線と平行して四車線化の工事が進み、完工した個所から順次供用しているのだ。
 公団の民営化問題の行方とも絡み、全体の完成時期は不透明だが、同区間では着工率が工事費ベースで88%(一月末現在)。四車線化が実現すれば、二車線固有の構造的な問題は解消する。工事に伴い片側交互通行規制をする必要もない。
 「今回の悲劇が四車線化推進の後押しになるかどうか分からないが、トンネルが続く部分は特に急がなければということはいえるだろう」。土井教授はそう付け加えた。

 福岡茂樹、谷本昌憲が担当しました。

(2003年2月23日四国新聞掲載)


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