栗林公園では春分を待たずにソメイヨシノが観測史上最速で開花し、満濃町では五月半ばにホタルが飛んだ。暖冬傾向が続く昨今だが、ことし一月以降の暖かさは記録的だったようで、「モスクワでは日露戦争の年(一九〇四年)以来の暖冬」というジョークも飛んだ。その陰で気になるニュースが飛び込んできた。全国と比較した香川の位置を示す「一〇〇の指標からみた香川」の二〇〇二年度版で、全国一位をキープしてきた日照時間が六位にダウンしたのだ。詳しいデータを見ると、ここ十数年は減少傾向にあることが分かった。香川の日照時間はなぜ失われたのだろうか。「青い国」にしのびよる暗雲の正体を探る。
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| データは90年代の県内に曇り空が増えていることを示している。「日照時間全国1位」は遠い昔の話となった=香川町内 |
守り続けてきた首位の座はあっけなく山梨に奪われた。しかも一気に六位への転落。「青い空、青い海」というイメージ戦略を繰り広げる香川にとって、これは捨て置けない事態と言える。余談だが、これで「一〇〇の指標」に基づく全国一位は「道路舗装率」だけになってしまった。
10年間は同順位
高松地方気象台によると、日照時間とは「直射日光が地表を照射した時間」。日の出から日の入りまでの間に、全国各地の気象台に設置した日照計が「照った」と観測した延べ時間が年間の日照時間となる。曇っていても、薄日が差していれば基本的にはカウントされるという。
日照時間の全国ランキングは県庁所在地の過去三十年間の平均値で決まり、十年ごとに見直される。つまり、近年の単年値にどれだけ変動があっても十年間は順位の変動がない。ここに数字のマジックが見えてくる。
「百の指標」二〇〇一年度版までの十年間は一九六一年から一九九〇年までの平均値で算定した順位だった。ところが、今回の二〇〇二年度版から一九七一年―二〇〇〇年までの平均値に更新された結果、一位から六位へとダウンしたのだ。
岡山も下落
香川の年別日照時間を示す表を見てほしい。最盛期の一九七〇年代を経て、一九八〇年代の半ばまでは毎年全国トップクラス。八一年に仁尾町で「太陽博」が開催されたのもうなずける話だ。しかし、八〇年代の後半から次第にかげりが見え始め、九〇年代に入ると下落傾向に拍車が掛かっていることが分かる。
結局、香川が単年でトップだったのは一九七八年が最後。最盛期には二千五百時間を超えていたが、近年は二千時間がやっとで、九一年から九三年までの三年間は二十位以下に落ち込んでいる。九〇年代の平均順位は十四・八位。県統計調査課は「九〇年代に入って日照時間が伸びず、全体を押し下げた」と首位陥落の元凶を九〇年代の低迷に求めた。太陽博は遠くなりにけり、だ。
今回の新ランキングでは、岡山も四位から十二位に急降下している。時間の減り幅も香川の四十一時間を上回る七十三時間だ。しかし、同じ瀬戸内沿岸でも愛媛は十四位から十五位へ(十二時間減)の小さなダウンにとどまっているから話はややこしい。なぜ九〇年代に伸び悩み、香川と岡山で特徴的に表れたのだろうか。ぜひ次項の推論を読んでほしい。
ミカン哀歌
気象台の担当者や大学の研究者は「順位はあくまで目安。あわてるような減り幅ではない」と口をそろえた。年間で四十一時間ならば、一月あたり三時間ぐらい曇りの時間帯が増えているだけのことで、大山鳴動には値せずというわけだ。
だが、首位陥落のニュースを敏感に受け止めた業界もある。県農業生産流通課によると、県産ミカンのキャッチフレーズが「日照時間全国一位の香川で育ったミカン」だという。根拠はもちろん「一〇〇の指標」だ。
JA香川では、テレビ番組などのプレゼントとして香川ミカンが使用される際に「日照時間全国一位」を売りにパブリシティーを行っている。「深刻な影響はないでしょうが、データの裏付けがない以上はもうこのフレーズは使えないですね」とは総合果樹課。
太陽がさんさんと降り注ぐ温和な瀬戸内で育った露地ミカン。「日照時間全国一位」は当を得たPRアイテムだった。主産地の一つ、仁尾町のミカン農家は「六位というのは中途半端だし、何か別の手を考えないといかんな」と苦笑した。
「香川の日照時間が一九九〇年代に入って落ち込んだ理由ですね。その時期は地球温暖化の影響もあって全国的に平均気温の高温化が顕著だったんです」
香川の気象のすべてが分かる高松地方気象台。西谷則昭予報官はこう切り出し、香川の日照時間のなぞを解く“仮説”を示し始めた。
地球規模の深刻な問題である温暖化。かたや日本一小さな香川の日照時間の減少。両者にどんな因果関係があるというのだろうか?
地形の影響
西谷予報官によると、九〇年代の高温化は地球温暖化の影響もあるが、基本は太平洋にある南の高気圧の勢力が強かったのが原因。日本列島に南西から暖かく湿った空気が流れ込みやすかったと考えられる。
「これが地形の影響を受けて、瀬戸内海地方にどんな現象を与えるかというと…」。西谷予報官が四国周辺の地図を示し説明を加える。
それが紙面左上の図。南の高気圧から吹き出た暖かく湿った南西からの風は、豊後水道の海上を通って瀬戸内海へと流れ込んでくる。
そして、湿った空気は香川や岡山の上空で雲になる。おかげで日照時間が減少したというのだ。西谷予報官は「湿りが入ってきやすければ、雲が発生しやすい状況は当然あり得る」と説く。
九三年の日照時間が千七百時間余りに激減したのは、冷夏による天候不順が加わったため。その前の二年間も同じ傾向が当てはまるという。
ちなみに「雲はできるが雨を降らすほどの雲ではない」(西谷予報官)ため、香川の降雨量は相変わらず少ない。
推理が的中
仮説とデータの整合性を検証してみよう。追跡班は高松市の三十年間の年日照時間、年平均気温について、平均値との対比を示すグラフを作成してみた。紙面右下の図がそうで、ゼロの線より上は平年比プラス、下ならマイナスを示す。
このグラフをみると、九〇年ごろから平均気温は高く、反対に日照時間は短い状況がはっきりと見て取れる。七〇年代は低温傾向で日照時間の長かった時期だが、これもグラフの通りだ。
「徳島の日照時間は伸びていませんかね。四国山地の陰になるため、雲は広がりにくいはずなんです」と推測する西谷予報官。確かに徳島の順位は前回の十二位から八位に上昇している。高知の順位は同じ二位で、もともと太平洋に面しているから影響は少ないという推理も的中した。
しかし、愛媛と広島の日照時間の低下が香川や岡山より少ない数十時間にとどまった理由は分析が難しい。とはいうものの、全体的には「暖かく湿った南西風」で日照時間の異変の説明がつくといってよさそうだ。
見通し不明
「確かなことは分からないが、ひとつの仮説としてはあり得る」。気象学などを研究している香川大教育学部の森征洋教授は“西谷説”に関心を示す。「地域特性を知る上で実証的に調べるのもおもしろい」。
岡山大理学部の塚本修教授は「上空の大気の流れや雲の量を検証する必要がある」と指摘した上で、「大きなスケールでいけば可能性はある」とうなずいた。
地球温暖化の影響が、“香川の曇り空”という局地的な事象として現れた可能性は小さくない。香川の日照時間トップ陥落の背景には、思いがけないグローバルな理由がひそんでいるのかもしれない。
気にかかるのは今後の動向だが、西谷予報官は「これから十年間は気温が落ち着く傾向とみられるが、香川の日照時間の回復具合を予測するのは難しい」という。日照時間日本一の復権は見通し不鮮明だ。
福岡茂樹、黒島一樹、岩部芳樹が担当しました。
(2002年6月2日四国新聞掲載) |