シリーズ追跡 海砂採取、全面禁止へ
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環境保全に意義ある決断

 社会的要請があって生まれた一つの生業を市場の淘汰に任せず、行政が断つことは、極めてまれだし、困難なことだ。が、県はそれに挑んだ。海砂採取。「五年の経過措置を経て、十七年度から禁止。補償はしない」。決断の中身だ。「遅きに失した」との声もあるが、たどってきた歴史を踏まえると、果断だったことが分かる。何よりも「孫や子にどんな環境の海を渡せばいいか」という「持続可能性」に配慮した点が、従来の他県の禁止と趣を異にしている。海洋環境の専門家はどう受け止めたのか、決断はどう形になり、混乱はないのか。採取禁止の評価と余波を探った。

インタビュー 香川大農学部教授(海洋環境学)門谷茂さん

検証継続と修復を 大きかった報道の役割

香川大農学部教授(海洋環境学)門谷茂さん
香川大農学部教授(海洋環境学)門谷茂さん

 ―県が海砂採取の全面禁止を決めた。
 門谷 振り返れば、ちょうど一年前から海砂にかかわってきた。一年後に「全面禁止」という言葉を聞くとは思っていなかった。感慨深い。

 ―瀬戸内海の環境保全を考えるうえで、今回の決断の意義は大きいと。
 門谷 大きな一歩だ。海砂採取に初めて科学的なメスが入り、海域環境に与える影響がある程度、はっきりした。ただ、どんな影響があったかを検証することがこれからの課題。これこそが大事だ。

 ―というと。
 門谷 「採り放題に採っておいて、禁止後は知らない」では全面禁止に踏み切った意味がない。瀬戸内海の海底に深くえぐられた採取跡が、どこにどれだけ存在するのか。壊されてしまった「場」がどうなっているかなど、全体像は分かっていない。当然、検証していかなければならない。

 ―「海砂は化石資源」が定説。元には戻らない。
 門谷 そうだ。海砂の総量が増えることはない。砂の流れにより、再配分があるだけだ。だからこそ、環境修復を考えなければ。復元が望めるのか否か。失った「場」をどう評価して今後、どんな「場」にすればいいのか。修復の第一歩はダメージの大きさを科学的に立証することだろう。とにかく、いい方向に導かないと、全く意味がない。

 ―透明度はどうか。
 門谷 透明度が一番早く回復するだろう。昨年二月に全面禁止した広島では既に、改善の兆しが見え始めていると聞いている。

 ―これまで海砂に関する研究は手薄だった。
 門谷 確かに。事の重大さを自覚できなかった点は研究者として自己反省しなければ。少なくとも、海洋学者には海砂の専門家は皆無だった。層の薄さが露呈した感が強い。環境問題は総合力が求められる。対応できなかった部分もあったが、海砂問題を通して、海洋学はもとより、地質学や生態学、コンクリート工学など、さまざまな分野の知見が集まった。これは大きな収穫だった。

 ―もう少し早く手掛けるべきだったと。
 門谷 その通りだが、五年、十年前にやっていたからといって、必ずしも、その時に今回と同じ結論が出たとは限らない。環境保全意識の高まり、広島での全面禁止の波紋、相次いだコンクリートの崩落―。「時代背景」という要素が大きく後押ししたのは間違いない。

 ―海底は容易には見えない。法も未整備だった。
 門谷 今回、それを報道がクリアしてくれた。海底の姿を写真や映像で明らかにした。「百聞は一見にしかず」。難しい現象を分かりやすく提示した。報道の果たした役割は大きい。ただ、報道もこれからの姿勢が問われるだろう。言いっ放しでは駄目だ。いかに環境修復するのか、その推移などを伝え続けないと。

 ―全面禁止は端緒と。
 門谷 これで一段落では困る。アマモや魚種がどのように回復しているかなどを見届ける姿勢が必要。海砂問題から多くのことを学び、気付かされた。瀬戸内海の海砂問題とその修復状況を、国際的に伝えていきたいと考えている。

承認の背景 漁業者合意が決め手 原案に“知事色”くっきり

濁水を吐きながら海砂を吸い上げる採取船。環境への影響の検証が、これからの課題となる
濁水を吐きながら海砂を吸い上げる採取船。環境への影響の検証が、これからの課題となる

 「最終的に禁止せなならんことは、写真(四国新聞が報じた海底の状況)を見て十分、分かっていた。(問題は猶予期間だが)五年あれば、何とか対処できる。賛成する」
 緊迫していた会場の雰囲気が一変し、記者席がざわめいた。先月二十九日、事実上、十七年度からの海砂採取の全面禁止を決めた海底土砂採取対策協議会。
 記者席が揺れたのには、訳がある。発言者が、原案に反対があるとすれば急先ぽうと目されていた、中讃地区漁連の香川早則会長だったからだ。
 海砂採取についての県水産界の態度は、これまで明確に二分されていた。県東部と三豊の東西二つの漁連は「全面禁止」、これに対し、間にはさまれた高松、小豆、中讃の三地区漁連は「採取容認」。
 両者を分けた主な理由は、管内に採取区域があるか否か。これは、補償の有無に直結する。県内五十四漁協のうち、海砂補償を受けているのは約半数。すべて“容認派”傘下にあり、なくなれば漁協の運営すら苦しくなる組合もあるからだ。
 代表格が中讃。そのトップの「やむなし」発言だった。審議は以後、急速に原案承認に傾いていった。
 実は、香川会長発言は突然ではなかった。協議会の五日前、二十四日に五ブロックの漁連会長会が開かれた。複数のメンバーは「激論の末、それなりの猶予期間を取れば、全面禁止を了解する方向で、一応の調整がついていた」と証言する。
 協議会は、採取業界の代表がいないいびつな構成。良くも悪くも業界の意向を代弁するのは、漁業者だけだった。その意味で、禁止方針の承認は事実上、この時に決まったといえる。
 「県も同席していた。猶予期間五年の設定は、この会の雰囲気をくんだもんじゃないですか」とは東部漁連の小山照一会長。このころ県は「近い将来の全面禁止」の方向は固めていたものの、猶予期間を三年とするか、五年にするか迷っていた。
 「三年で提案、落とし所は五年」。こんな案も浮上したが、最後は真鍋知事が決断した。「五年で行こう」。苦悩の末、猶予期間の設定に、環境保全と業界に対する配慮のバランスを求めたとみられる。
 「今後は、環境保全に十分配慮し、海砂行政を進めたい」と知事。四十年に及ぶ海砂の大量採取にピリオドを打つ重い決断は、知事が就任以来、最も鮮明に示した“真鍋色”だったかもしれない。

採取業者は 反発とあきらめ交錯

海砂問題の歩み
−10年−
2月16日
広島県知事が海砂採取の即時全面禁止を表明
11月12日
四国新聞社が香川大農学部と合同で海砂採取現場の海底を調査
30日
調査で分かった海底の荒廃を本紙で報道
12月11日
丸亀市議会が抜本的な対策を求める意見書を可決
21日
庵治町議会が直ちに全面禁止を求める意見書を可決
−11年−
1月 1日
連鎖の崩壊第1部「消える海砂」連載スタート
5日
豊島住民が海砂採取協力費を受け取っていたことを本紙が報道
8日
公文書公開条例に基づき、県が本紙に開示した過去20年分の海砂採取影響調査データを分析、報道

8日
県の行政懇話会で高松市長が全面禁止を要望
19日
行政懇話会で庵治町長も「海砂採取はやめ、他の方策を」
19日
瀬戸内海環境保全審議会が海砂採取への対応強化を求める答申
26日
県生コン工業組合が、県内需要に対応した安定供給を県に要望
28日
県海底土砂採取対策協議会。県の採取許可量の大幅削減求める
2月 5日
県庁内に海砂採取問題のプロジェクトチーム発足
15日
県東部漁連が県に全面禁止を要望
17日
県海底土砂採取対策協議会。11年度採取許可量を前年度比10%削減することを決める
3月 4日
引田町議会が直ちに全面禁止を求める意見書を可決
8日
白鳥、大内両町議会が直ちに全面禁止を求める意見書を可決。三豊漁連も県に全面禁止を要望
9日
志度町議会が直ちに全面禁止を求める意見書を可決
11日
豊浜町議会が抜本的な採取対策を求める意見書を可決
12日
詫間、大野原両町議会が抜本的な採取対策を求める意見書を可決
15日
牟礼、仁尾両町議会が抜本的な採取対策を求める意見書を可決
19日
津田町議会が抜本的な採取対策を求める意見書を可決
23日
観音寺市議会が抜本的な採取対策を求める意見書を可決
24日
高松市議会が全面禁止に向けた抜本的対策を求める意見書を可決
4月14日
県海運組合が「海砂採取船事業者の経営維持」を県に要望
28日
県市長会が全面禁止要望を決議。観音寺、仁尾、豊浜、大野原、詫間の首長が連名で一日も早い全面禁止を県に要望
6月 2日
県内砂利採取協同組合が県に慎重な検討を要望
14日
県海底土砂採取対策協議会。県が初めて実施した建設用砂の需給調査結果を報告
7月 5日
本紙「追跡」が、園ノ州で過去9年間に採られた海砂が県許可量の2倍に及ぶことを報道
9月13日
県内砂利採取協同組合が「これ以上の削減は自主努力の限度」と、県に現実的な対応を要望
15日
環境保全の観点から豊島2自治会が採取継続に反対、地元漁協も採取中止に同意したのを本紙が報道
21日
学者グループが「採取は海域環境に大きな影響を与えている」との調査結果をまとめ、県海底土砂採取対策協議会に報告。会議では採取禁止を見据えた規制強化の声が大勢を占める
11月25日
県海運組合所属海砂利採取事業者が、県に窮状を訴える要望書
29日
県海底土砂採取対策協議会。5年の猶予期間を経て、17年度から全面禁止を承認

 「もっと削減率を下げてもらわないとやっていけない」「高知で補償した例もある。何らかの措置を考えてほしい」―。
 一日開かれた採取組合に対する県の説明会では、組合関係者から口々に不満の声が上がった。全面禁止が避けられないなら、できるだけの業界への配慮を、という訴えだった。 採取業者は「八割の業者は船の借金を抱えている。このままでは倒産するしかない」と窮状を訴える一方で、「海ばかりを問題にするが、山を削って砂を作るのはいいのか」。採石などの環境破壊にも目を向けるべきと指摘する。
 さらに「やめるなら、すぐにやめたらどうか。骨材が不足して生コン業者や土建業者が困ったら、県が砂を手配したらええんや」。長年にわたって骨材を供給してきた自負ものぞかせる。
 これに対し県は「一切の補償はしない」との立場。過去の判例や他県の状況を踏まえ、「高知県が補償したのは急激な削減だったから。相当の猶予期間があれば必要ない」(土木監理課)。五年間の猶予が「業界への配慮」との考えだ。
 採取船の買い取りや補償を求める声の一方で、「決まったからには仕方がない。採取船の多くは耐用年数を過ぎているし」と、あきらめのため息を漏らす業者もいる。
 しかし、先を見据えた業者間の連携や協力はほとんど進んでいないのが現状。「借金の額や組合の体力によって合理化の取り組みには温度差がある。音頭を取るリーダーもいない」(組合関係者)。対策の不備と将来の見通しの暗さが、業界の混乱に拍車を掛けているようだ。

他県の反応 対岸岡山も追随か

 瀬戸内沿岸十一府県のうち、年間三百万立方メートルを超える大量採取を許可しているのは香川、愛媛、岡山の三県。兵庫、大阪、和歌山、徳島は昭和五十年ごろまでに漁協の反対や砂の枯渇で採取を中止。山口、福岡、大分は瀬戸内海でほとんど採取していない。広島に続く香川の全面禁止に神経をとがらせているのが岡山、愛媛の両県だ。
 岡山県は「削減強化と聞いていた。全廃とは…」(用地課)と当惑気味。香川とは採取削減の足並みをそろえてきた経緯があり「対岸の動きは意識せざるをえない」。来年中には許可方針を見直す予定だが、全面禁止か大幅削減に踏み切るとの見方が強い。
 対照的に、県内需要分の採取に限定している愛媛県は「代替材の見通しも立たないのに、禁止は無謀」と当面は『自給原則』を貫く構え。ただ、議会や市民団体から将来の禁止を求める声が出ており、担当者の口からは「(香川の決断で)こちらも難しい状況になりそう」と本音も。
 環境庁瀬戸内海環境保全室は当然ながら「瀬戸内海の環境保全上、好ましい」と香川の抜本改革を歓迎。「広島の禁止以降、足踏み状態だった沿岸の海砂対応が動き始めてくれれば」(浅野能昭室長)と波及効果に期待している。
 一方、香川全廃の影響をもろにかぶるのが徳島県。吉野川分水の“見返り”ともいわれる特別措置で香川から海砂の供給を受けてきた慣行があり、生コン骨材の約三割を香川産に依存している。「他県からの調達や陸砂の利用を検討するが、補てんできるかどうか」(建設管理室)と対応に不安をのぞかせている。

代替材 砕砂中心にほぼ大丈夫

 「これからは代替骨材の開発が重要。禁止はしたがよその海砂を買うようなことがあってはならない」
 海砂の採取禁止を打ち出した協議会の最終場面。県に対し、組橋啓輔県議がこうクギを刺した。
 長く西日本のコンクリート文明を支えてきた骨材としての海砂。採れなくなれば、何が代わりとなり、その供給の見通しはどうなっているのか。県の答えは、「砕砂を中心に、ほぼ大丈夫」。その裏側にはこんなデータがある。
 九年度現在の調査によると、香川の骨材需要は、年間約百九十九万立方メートル。内訳は、海砂が百四十六万立方メートル、砕砂が四十一万立方メートル、山砂十二万立方メートル。
 生コン用としての砕砂・山砂は、今は海砂の粒度調整に使われているが、単独使用も可能。問題は生産能力だが、現行でもフル稼働すれば年間百三十万立方メートル。県は業者からの聞き取りで、さらに同二百五十万立方メートルまでの拡大が可能なことを確認しているという。
 ただ、単純な海砂から砕砂への転換は、「海の矛盾を山に拡大するだけ」という指摘があるほか、市場原理に従って民間が海砂の移入や輸入を図れば、香川の問題を他県や外国に広げかねないこともあり、頭の痛い問題。
 この五年間で、香川の哲学も問われることになる。

 大西正明、古田忠弘、山田明広、泉川誉夫、山下淳二が担当しました。

(1999年12月6日四国新聞掲載)


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