いん石の衝突跡か、カルデラ跡か。いまだ決着がついていない「高松クレーター」の成因について、山口大学理学部の三浦保範助教授(惑星物質科学)が、先ごろ米国で開かれた学会で、「いん石の衝突を決定づける粒子を発見、年代も特定した」という新事実を発表した。さらに、同じ破砕岩の中から、二十一億年も昔の原生代の鉱物も見つけたという。「高松クレーターはいん石の衝突孔であるばかりか、列島が大陸だった時代のメッセージを秘めた”タイムカプセル”だ」というのが三浦助教授の推論だ。専門家筋には冷ややかな見方もあるが、この問題の火付け役の追跡班としては、耳を傾けねばなるまい。
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| 1530万年前の球粒(右)と鉄ニッケル粒子(左)。球粒の矢印部分を拡大したのが左の写真
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| 三浦保範・山口大助教授 |
「これですよ、これ。特殊なフィルターをかけて電子顕微鏡で写した決め手の写真です」
春休みで学生の姿もまばらな山口大学理学部の研究室。三浦助教授は、物質科学にまるで知見のない追跡班がもどかしいのか、「驚いてよ」と言わんばかりに二葉の写真を突き出した。
一枚は、変形したパチンコ玉のようなものの側面に白い斑点(はんてん)がぽつり。二枚目はその班点部分の拡大だ。「丸いのが球粒。原子番号が高いほど白く写る仕組みで、斑点は鉄ニッケル粒子なんです」。早口から興奮が伝わってくる。
地球外物質
高松クレーターは、高松市仏生山町の仏生山公園付近を中心点とする直径四キロ、深さ二キロほどのおわん型のくぼみ。問題の球粒は、クレーターの南縁に近い実相寺山のふもとで採取した破砕岩から見つかった。
クレーター内十五カ所、外五カ所から集めた三百三十サンプルのうち、鉄ニッケル粒子を含む球粒を確認したのは四十七サンプル。球粒の直径は四百から五百ミクロン、鉄ニッケルの粒子は五から十ミクロン。発見率は一四・二%にすぎない。
こんな微小な物質が何を物語るのか。最大のポイントはニッケルだ。「ニッケルの供給源は基本的に地球のコアにしかなく、マグマには現れない。海や鉱床で生成される場合は硫黄が含まれる。つまり、硫黄がないニッケルの粒子があれば、それは地球外物質ということなんです」と三浦助教授。
形が球体であること、大きさが火山性のものの数倍というのも意味がある。球形は高温で飛び散ったことを示し、大きさは岩石などを溶かすだけで閉鎖的な火山性の特徴を否定するデータ。いずれも球粒が「衝突性」であることをうかがわせるものだ。
もちろん、世界で確認済みのいん石衝突跡の球粒と比べても、類似性に問題はなかった。「つまり、この球粒は、いん石が衝突して飛び散る過程でできたものなんです」。三浦助教授の結論は明快だ。
衝突は噴火前
新発見にさらにインパクトを加えたのが、球粒の年代の特定。ウランやトリウムなど放射性同位元素の改変の度合いから年代を測定する権威、オーストラリア国立大学に分析を依頼。球粒内のジルコンと呼ばれる鉱物を手掛かりに中新世中期のランギアン紀、約千五百三十万年前のものであることを突き止めた。
このことは、高松クレーターがカルデラ跡(コールドロン)であると主張する論者が、地質学などの成果を踏まえ、周辺の火山活動は同じ中新世中期でも千二百万年から千四百万年前のサーラバリアン期と推定していることと矛盾しない。
つまり、「火山活動が活発化する数百万年前にいん石の衝突があったわけだから、その後、幾ら噴火などがあっても構わない」(三浦助教授)というわけだ。
むろん、反論、疑問はある。同じ目的意識をもって高松クレーターを調査した学者らからは、「一帯で同様の調査をしたのに、なぜ三浦さんだけが」の声も。「それは頻度の差。簡単ではない。六年間、何度も現地に通った末にやっとですから。鉄ニッケルを含む球粒から年代測定できるジルコンを見つけたのは、世界でも初めて。ノウハウもあるんです」と三浦助教授。
成果は、今月十五日から二十日まで、米・ヒューストンで開かれた第三十回月惑星科学国際会議で報告され、注目を集めたという。
判断早いのでは
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| 河野芳輝金沢大理学部教授 |
高松クレーターを発見した河野芳輝金沢大理学部教授
私は岩石の専門家ではないが、ニッケルに硫黄がないのと粒球の大きさだけでいん石の衝突と判断するのは早いのではないか。心情的にはそうあってほしいが、科学的作業は別。複数の研究者による証明が必要だろう。
高松で二十一億年前の鉱物が見つかったというのは、日本の地質学の常識を覆す話。讃岐平野の深部に何があるかはよく分かっておらず、全くあり得ないこととは言えないが、にわかには信じられない。
細かな検討必要
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| 佐藤博明神戸大理学部教授 |
高松クレーターの成因を調べた佐藤博明神戸大理学部教授
私たちも周辺の岩石を詳しく分析したが、鉄ニッケルを含む球粒は発見できなかった。これだけ球粒が大きく、ニッケルに硫黄がないとすれば、いん石衝突の可能性が高い。
だが、ガラスの組成からは、いん石の衝突を示す証拠は出ておらず、細かなデータの開示と検討の必要がある。
二十億年ほど前のジルコンはほかでも見つかっている。日本で最も古い鉱物の一つとは言えるが、岐阜県で見つかった石は礫(れき)自体が古かった。今回の発見は石の中のほんの一部にすぎず、その他の部分はずっと新しい。ジルコンの存在と高松クレーターとは直接の関係はないと思う。
事の発端は、十年以上前の平成元年。観音寺市と高知市を結ぶ線から東側の四国をほぼ二キロ置きほどの間隔で重力異常の調査をしていた金沢大の河野芳輝教授らのチームが、「読み違え」とも思える負の重力異常地点を発見した。
高松市と香川町の境。チームは六年をかけ、密度を濃くした重力異常調査のほか、磁場の強弱で地下構造を推定する地磁気異常調査、跳ね返る音の角度や時間で内部の様子を探る人工地震波反射法調査などを重ね、高松市の仏生山公園近くを中心点とした直径約四キロ、深さ約二キロの半球のくぼみが地下に眠っていることを突き止めた。
論争を呼んだのはその成因。金沢大チームは(1)いん石の衝突跡(2)カルデラ跡(3)断層のくびれ―の可能性を指摘し、六年間の調査結果から、いん石の衝突跡の可能性が最も濃いと推論した。
これに対し「火山性の陥没構造を示すコールドロンだ」とする地質学の立場からの反論が相次ぎ、論争は白熱した。途中、金沢大が「クレーター内部は、早明浦ダム七個分ほどの巨大な地下湖になっている」という説を明らかにしたことから、成因論争は水源論争に姿を変えて市民的関心を呼んだ。
いったんは行政も動き、七年暮れから高松市が電磁探査などの手法で調査を実施したが、八年二月「水はあるが、利用は不可能」との結論を発表、市民の関心も遠のいた。
が、ここにきて高松市の結論に不満を示していた金沢大が、独自の水資源再調査を今秋に計画しているほか、三浦助教授も同時期、国際的な現地視察を予定するなど、第二次ともいえる盛り上がりを見せ始めている。
いずれの論争も「決着の決め手はボーリング」というのが関係者の一致した見方だが、費用対効果の問題がネックになり、実現していない。

三浦助教授がオーストラリア国立大学に依頼したサンプルの年代測定は、意外な副産物を生んだ。一個の岩片内に潜んでいたジルコンが、何と約二十一億年前の原生代アニミキアン紀という気が遠くなるほど昔のものだったことが分かったのだ。
日本最古
科学的に年代を推定できた世界最古の岩は、カナダ北西部で見つかった片麻岩で、三十九億六千二百万年前、日本で最も古いのは、岐阜県飛騨川の岩場で発見された珪線石片麻岩で、約十八億年前のもの。いずれもギネスブックに掲載されている。
日本の岩は別の手法による測定だが、カナダのは今回と同じオーストラリア国立大学が同じ手法で測定し、世界最古の岩石として登録している。「ジルコンを含む破砕岩を年代の対象にしていいと思う。今回のものは、飛騨川のものをしのぎ、日本最古の岩なんです。ギネスが書き換えられる可能性がありますよ」と三浦助教授。
ただ、この最古の岩発見の意義は、高松クレーター内の、しかもいん石の衝突跡を示す球粒と同じ露頭から見つかっており、古さを競うだけにとどまらない。
「いろんなメッセージが聞こえてくるんです」。三浦助教授は目を細めた。
古大陸の名残
二十一億年前といえば、日本列島がまだ大陸から分かれていなかった時代。アジア盾状地といわれる古大陸にあった。列島が分化する以前の大陸の状況を示す物証は、現在の地球上にほとんど残っていないという。
また、別図で示した通り、いん石の衝突があったとされる千五百三十万年前は、列島の動きが激しさを増してきたころ。高松を含めた日本は現在位置より六百キロほど北西にあったとされている。日本海をつくり、列島を押し下げた巨大な地殻変動が、何をきっかけに起きたのか。これもなぞに包まれたままだ。
「だからこそ意味深い。このクレーターは、アジア盾状地の時代から列島が分かれ始めた時代に至るさまざまの地球のメッセージを秘めた”タイムカプセル”の可能性がある。高松や香川の宝を超えた地球の宝物かもしれないんです」
三浦助教授の推理は、とどまるところをしらない。
大西正明、山下淳二が担当しました。
(1999年3月29日四国新聞掲載) |