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天皇生前ご退位

2016/08/15

議論の先送りできない

 天皇陛下の「お気持ち」のビデオメッセージを何度も見て、活字になったものも読み返してみた。簡潔にしてこれほど伝わってくる言葉をこれまで聴いたことがない。なぜだろうか。政治家の言葉にありがちな虚飾や隠蔽(いんぺい)がないからである。われわれの家庭でいえば80歳を超えたおじいちゃんが「もう歳だから息子に世帯主を譲りたい」ということである。一般家庭では反対する人もないことが、「天皇」となるとことはそう簡単にはいかない。憲法改正論議なども絡んで何やら大問題になりつつある。

 半世紀近くいろいろな文章を書いてきた。しかし天皇陛下について書いたことはほとんどない。衆議院を解散するのが天皇の国事行為の一つだという話ぐらいなので、言葉遣いが間違っているのではないかといささか緊張を強いられる。

 天皇陛下と美智子皇后には個人的な思い出がある。当時私は東京近郊の甲州街道近くの中学校の3年生だった。昭和34年4月10日のご成婚の数日あとだったと思う。「皇太子ご夫妻」が八王子市の多摩御陵へ向かわれた。馬車だったかオープンカーだったか記憶が不鮮明だが、授業をサボって何人かで見に行った。それ以来、ほぼ10年ほど世代が上の両陛下には、個人的に親しみを感じている。昭和天皇の「人間宣言」で、そうだよな、天皇陛下も人間なんだから歳取るときついよね、と思い、多くの人々は「引退させてあげるべきだ」と感じているのではないか。

 ところが、である。法的には天皇をはじめ、皇族は「人間」、少なくとも「国民」ではない。いわゆる戸籍もない(皇統譜には記載)。戸籍がないから選挙権もないし、好きな所に住むということもできない。言論の自由もなければ、そもそも基本的人権はないといってもいい。だから「引退するよ」「わかりました、あとは悠々自適で」というわけにいかないのである。

 「お気持ち」で感動したのは「象徴としての天皇」のあるべき姿を模索して葛藤されている陛下の姿である。こう述べられた。「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました」。日頃から被災地への数多くのご訪問や戦地への慰霊の旅には心打たれるものがあったが、象徴天皇としてここまで深く考え、覚悟されていたことに驚いた人は少なくないと思う。

 共同通信の世論調査では生前退位について85・7%の人が賛成している。これはお気持ちが公表される前の調査なので、さらに増えていると思われる。この数字を政府は無視できないだろう。ならば、どう実現させるかだ。いまの天皇限りとするのか、恒常的にするのか。そのために憲法を改正するのかしないのか。日本のリベラルの象徴のようになっている天皇陛下は、憲法に手をつけることは望まれていないのではないかと私は拝察する。むしろ自民党の憲法改正草案にある「元首としての天皇」を否定し、そのために「象徴たる天皇」を強調されたのではないかというようにも読める。

 ま、そうした議論は陛下のご意思とは無縁のものかもしれない。10年後の私が両陛下とおなじように元気でいられるかと考えたら、とてもその自信がない。いかに基本的人権が認められないとしても、余生を少しゆったりと過ごされ、年に2、3回、国民の前に姿を見せていただければいいのではないだろうか。両陛下が「常に国民の心に寄りそって」と考えておられるのと同じように、多くの国民は、両陛下とともに同じ時代を生きて行きたいと念じているのである。陛下のご年齢を考えれば、難しい問題だからといって先送りするようなことはしないでほしい。早く引退させてあげるべきである。

(政治ジャーナリスト、四国新聞特別コラムニスト)

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