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憲法96条

2013/05/06

なぜ、いま改正なのか

 なぜ、いま憲法改正なのか。国民の間から切実な要望として浮上したわけではなく、どうも仕組まれた議論のような気がする。それも、祖父岸信介元首相の悲願をなんとか実現させたいという安倍首相の個人的な思いが先行しているようで、東日本大震災の復興も進んでいないいま、なぜ憲法なのか、疑問に思う。7月の参院選の最大の争点にしたいと安倍首相は意気込んでいるが、メディアが騒ぐわりには世論は冷めている。閣僚の靖国神社参拝を「日本の右傾化」と受けとめている中国や韓国にどのようなメッセージを送ることになるのか。「日本の憲法だから説明する必要はない」(安倍首相)で済むことだろうか。

 安倍首相ら自民党執行部が主張する憲法改正は、まず改正の手続きを定めた96条を改正し、改正へのハードルを下げようというものだ。衆参両院それぞれの総議員の3分の2以上の賛成で発議し、国民投票での過半数の承認というのが現行憲法の改正手続きである。これを「衆参両院それぞれの総議員の過半数」にしようというのが目的だ。「憲法を国民の手に取り戻す」というが本当にそうだろうか。取り戻すのは国民の手にではなく、権力を握る与党の手にではないのか。憲法改正のハードルが高いのには理由がある。権力者が恣意(しい)的に改正しにくくしているのだ。これが過半数ということになれば、ハードルは著しく低くなる。小選挙区制導入後の衆院選の結果は、3回続けて300議席獲得の攻防となっている。すなわち、簡単に過半数を超える。ということは、憲法の改正した部分を政権奪取した別の政党が元に戻すことも可能になる。すべての基本法であるべき憲法が、年中、改正の議論の対象になるのではそれ自体が政治の不安定要因になる。

 ハードルを下げたとしても、最終的には国民投票で国民が判断するのだから、権力者の思い通りにはならない、とする主張があるが、そうだろうか。国民の判断がそれほど冷静で論理的なものとは思えない。選挙のたびに大きく振り子が揺れる結果を見ても、その不安は拭えない。「民意」ほど危ういものはないのである。

 何のための改正手続きの改正なのか。明らかに最大の狙いは9条である。国際的には軍隊とみられている自衛隊が存在しているのに武力を持たないという規定は実態とかけ離れ過ぎているというのが改正論者の考えだ。9条にからむ日本の安全保障政策の歴史は、憲法の拡大解釈の歴史だった。その結果、実態に合うように憲法を変えるというのは、筋が違うと思う。確かに実態はかけ離れているが、それを理由に9条を改正すれば、そこからまた拡大解釈の新たな歴史が始まるのだろう。

 安倍首相はあえて憲法9条にまで言及することを避けているように見える。ただ、参院選の争点にすることによって、日本維新の会やみんなの党を抱き込み、あわよくば保守政党の再編をと目論(もくろ)んでいるように見える。安倍首相が口にする「戦後レジームからの脱却」とは「憲法」を軸にしてまとまってきた戦後のリベラル政治や、それにつながる教育、マスコミ報道、そういうものを断ち切ろうということだろう。

 現行憲法の価値は、改正の難しい「硬性憲法」であることと戦争放棄を定めた9条にある。米国に押し付けられた憲法、だとか、文章が正しい日本語とは言えない、というような批判は、その通りだが、しかしながら憲法を貫く平和主義の精神は、国連憲章と趣を同じくする世界の宝ともいうべきものだ。9条を改正し、自衛隊を国防軍と言い換えることで、国を守れるのだろうか。近隣諸国の不信を買うだけではないだろうか。第一、同盟国の米国が憲法9条の改正を歓迎するとは思えないし、そうなった場合、世界は日本に対して、次は核武装かと警戒することになるだろう。

 安倍政権の経済政策は目を見張るほどの成果をあげている。もちろん、この先どうなるかはだれにも見通せないが、今のところは、世の中の色合いが変わったような印象を与え、いくらか自信を取り戻した日本という雰囲気になってきている。

 外交も中国、韓国との関係を除けば、プレゼンテーションもうまく、首相自らのトップセールスも効果的だ。唯一心配なのは、しだいに本性がにじみ出て来たような安倍政権の右傾化である。国内政治だけで考えれば、それほど不自然ではないだろうが、国際社会にどのようなメッセージに映るかを考えないわけにはいかない。わが国にはやらなければならないことがたくさんある。経済の立て直しはもちろん、震災復興、原発事故の処理などさまざまだ。そういう問題に先駆けても憲法改正が必要だという主張に、にわかにうなずくわけにはいかない。まして「手続きだけだから」という説明にはなおさらだ。手続き規定は権力者が意のままに改正しないようにするための錠前である。簡単に外せるようでは意味をなさないのだ。

(政治ジャーナリスト、四国新聞特別コラムニスト)

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