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野田内閣発足

2011/09/05

基準を「国民のため」に

 「この内閣をどう名づけますか」と問われた野田佳彦首相は、「それは国民がのちにどう名づけるかでしょう」と答えを拒んだ。その姿勢はまことに正しい。名づけて喜んでいられるような状況でない。危機から脱出するために、すぐに仕事をしてもらわなければならないのだ。仕事さえきちんとしてくれれば、評価は自(おの)ずとついてくる。

  政治を観察することを生業にして40年以上過ぎ、その間、おつきあいした首相は野田氏で24人目になるが、初めて「普通の家庭に生まれ育った普通の人」が首相になった。松下政経塾に入るときの面接で創設者松下幸之助翁に「君は親戚に政治家はいるか」と聞かれ「いません」と答えると「それはエエなぁ」と言われたという。「家は金持ちか」と聞かれ「どちらかといえば少し貧乏です」と答えると「それはなおエエなぁ」と言われ、合格した。

  自衛官の息子でいまも生まれ育った千葉県に住む。平均的サラリーマンの家庭で育った「どじょう」で麻生太郎氏や鳩山由紀夫氏のような華麗なる一族出身の「金魚」ではない。「どじょう」演説に世間がわいたのは、ただ面白かったからだけではない。国民の4分の3は「金魚」の真似(まね)をしたくともできない泥臭い「どじょう」なのである。

  その「どじょう」がどんな内閣を作るのか。たくさんの内閣を見てきたが、これほど「気配り」の利いた内閣を見たことがない。焦点の人、小沢一郎氏が「いろんな人に気を使っているな」と感想を漏らしたというが、野田氏が一番、気を使ったのは、その小沢氏に対してなので、この人事は党内融和という点では合格点だったということだろう。この気配りの仕方は自民党の伝統ともいうべきものである。党内をまとめるためにはまず人事が大事で、人事さえうまくやれれば、ほかの対立点は解消する、というのが自民党時代の伝統で、だれか自民党側にアドバイスする人がいたのではないかとさえ思いたくなる。

  ポイントは小沢氏に近い人物を随所に配したこと。輿石幹事長、樽床幹事長代行、山岡国家公安委員長、一川防衛相。

  もう一つのポイントは菅直人政権の下で「脱小沢」勢力と見られてきた岡田前幹事長、枝野前官房長官、仙谷前内閣官房副長官の3人を無役にしたことである。三つ目は参議院での国会審議をにらんで参議院から5人入閣していることだ。加えて輿石幹事長も参議院ということを考えると、参議院シフトの狙いが見えてくる。また自民、公明両党との折衝を意識してか、国会対策や議院運営委員会出身者の多いのも目立つ。

  次には野田首相が気心を知っている仲間、昔の松下政経塾OBや日本新党出身者が目につく。政治の世界とは没交渉を貫いている細川護煕氏がいまでもときどき会う政治家が野田首相だ。「野田さんには無私の心がある」と教え子を高く評価している。政界でも野田氏を批判する声はあまり聞かれないが、だからといってこれからの政権運営がうまくいくかどうかは無関係だ。

  見かけは柔軟に見えるが、野田氏は予想外に頑固である。自説を曲げない。だから増税・財政再建路線を引っ込めたりすることはないだろう。そのときに、党内の増税反対論者、とりわけ小沢氏らをどう説得するのか。また、福島原発事故の収束に関しても、結束してがんばれば何とかなるというほど甘い状況ではない。内政も、外交も、簡単に処理できそうなものは何一つない。そういう厳しい状況の中で、野党側にどのようにして協力を求めていくのか。大連立ができればそれがもっとも手っ取り早いと思うが、相手の自民党側に受けて立つだけの度量がない。国家、国民のためより、党利党略が優先するのは野党側もまた同じなのである。

  ずいぶん昔のことになるが、松下政経塾に講師として招かれ、何回か話をしたことがある。そのときに出会った若者たちが、いまたくさん政界で活躍している。ただ、どういうわけか野田氏に関しては記憶がないのだ。塾のほかの1期生は知っているので、会っているはずだが、普通の人なので印象に残らなかったのかどうか。政治家になってからの野田首相の言動はずっと見ているが、だれもが誠実さを認めている。

  だが、国家運営の最高責任者は「いい人」だけではつとまらない。ときには「非情」が求められることもあるし、世論を敵に回しても決断しなければならないときも出てくる。そのとき、大事なのは判断基準を「国民のために」に置くことである。政治家だから、人気が気になり、支持率も無視できなくなる。しかしながら、後世、評価される政治リーダーというものは在職中の国民の評判は概して良くない、という世界共通の歴史的事実を知るべきである。

(政治ジャーナリスト、日本経済新聞客員コラムニスト)

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