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「脱原発」騒動

2011/07/18

いま「西郷」を想う

 巨大な墓石である。鹿児島市にある南州墓地で焼けるような日差しを浴びながら、西郷隆盛の墓を下から眺め、30分ばかり物思いに耽(ふけ)った。両脇に西郷の弟子、桐野利秋、篠原国幹、そして西郷を介錯した別府晋介らの墓が並ぶ。その数2023。西南戦争の戦没者は6750人。西郷を慕い、惚(ほ)れ抜いて、そして西郷に殉じた強者たちである。近くに勝海舟の歌碑があった。「ぬれぎぬを干そうともせず子供らのなすがまにまに果てし君かな」。

 帰京したら、また菅直人首相が迷走したとかで政界は大騒ぎになっていた。拙稿で前々回予測した通り、菅首相は「脱原発」の方針を明確に打ち出した。「それで信を問うことは考えていない」と述べたが、これはウソである。考えている。というよりはそれしか頭にない、といったほうが正確だろう。これに対し、閣僚から強い反発が出た。一度も閣内で議論したことがなかったからである。そしたら首相は「私自身の考え方として、これからの日本の原子力政策として原発に依存しない社会をめざすべきだと考えるにいたった」と国会答弁で釈明した。

 首相が公の場で口にした言葉が「個人的」などという言い訳が通用するはずがない。その場を繕い、身をかわすだけの釈明である。このところ、首相にはこの手の釈明と「責任は感じている」発言が続く。「感じている」が責任を取ることはない、と言っているようなものだ。

 南州墓地の一角に庄内藩の若者二人の墓があった。いまの山形県鶴岡市から西郷を慕って西南戦争に参戦した20歳と18歳の若者の墓である。庄内藩から見れば西郷は敵である。敵からも命がけで慕われる国家指導者と、身内から「首相の座から引きずり降ろすまで戦う」と宣告される首相。どこでこのような違いが生じてしまったのだろう。

 西郷は「命もいらず名もいらず官位も金もいらぬ人は始末に困るものなり。この始末に困る人ならでは艱難(かんなん)をともにし国家の大業は成し得られぬなり」(西郷南州翁遺訓)と述べている。また国家指導者を普通の市民が見て仕事ぶりに比べ身なりや食事の質素さに驚いて「気の毒に」と思われるようでなければ「政(まつりごと)は成立たじ」と諭している。

 6月2日の民主党代議士会での“退陣表明”以来の首相の言動を、西郷の言葉にあてはめて考えるとどういうことになるだろうか。山口県出身の菅首相は高杉晋作が好きらしいが、維新前後の彼らの生き方を知らないはずがない。首相にいま西郷の言葉をぶつければきっと「その通りだ」というだろう。ご本人は首相の座にしがみついているつもりもないし、延命をはかっているわけでもない。端からそう見えても本人は大まじめで「国家が自分を必要としているのだ」と考えているのだ。

 首相のぶれはいつものことだが、これからは菅首相の唱えた「脱原発」について世論の多数はそちらになびき、政界では無責任だと批判する人が多いというふうに二極化していくことになるだろう。原子力発電はすぐにやめたくてもやめられない。したがって「脱」だろうがそうでなかろうが、たいした違いはないのだ。首相はいつまでという時期も、どのようにしてという道筋も示していない。だから無責任といわれているのだが、それでももしかすると起死回生の逆転満塁ホームランになるかもしれない。民主党が来るべき総選挙で自民党と五分にわたる戦いをするには、「原発」の是非をテーマにするしかありえない。そのことが民主党内部で理解され始めれば、当選がおぼつかない若手議員らは、変わってくる可能性がある。首相はそこをねらっているのだろう。

 一方で全国の知事35人が太陽光パネルによる発電などの自然エネルギーへの転換を求めてソフトバンクの孫正義氏を事務局長に協議会を立ち上げた。「辞めるとか退陣という言葉を使ったことは一度もない」という首相の弁明はリーダーにあるまじきものだが、原発に頼らない社会という方向性は、それほど的外れではない。原発をめぐる論議に、菅首相への批判がからまって、感情的な議論が横行しているようにみえる。原発をどうするにしても、それ以外の自然エネルギーの開発が必要なことは自明のことなのだ。

 予言したように解散権行使へむけて首相は着々と環境を整えつつある。簡単に実現するとは思えないが、与野党が協力しても首相をやめさせることはできない。辞めない首相に国民はうんざりしていることは事実だが、辞めろの大合唱ばかりで、肝心の福島原発の収束や被災地復興に無力な政治全体にあきれているのだ。

(政治ジャーナリスト、日本経済新聞客員コラムニスト)

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