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浜岡停止

2011/05/16

菅首相決断の危うさ

 国家指導者が重大な決定を下そうとするとき、もっとも注意しなければならないのが、ポピュリズム(大衆迎合主義)に陥らないようにすることである。大事なことは国家・国民の命運である。決して指導者の延命であったり人気浮揚が目的であったりしてはならない。私は必ずしも原子力発電推進論者ではないが、菅直人政権の中部電力浜岡原子力発電所の全面停止要請という結論の下し方には大変な危惧を覚える。まさしくポピュリズムそのものだからである。

 活断層の上にのる形の浜岡原発について原発震災の危険性を指摘する専門家は少なからずいた。このたびも原発反対論の福島瑞穂社民党党首が、菅首相に浜岡停止を求めていたが、首相は取り合わなかった。その首相がなぜ変わったのか。4月末、経済閣僚が集まった席で仙谷由人官房副長官が問題提起をした。「いまのような反原発の空気が広まると、ドミノ現象ですべての原発が稼働できなくなる。それを食い止めるためにも一番危ないといわれる浜岡を止めて、ほかは大丈夫だと区別すべきではないか」。

 この話に海江田万里経産相が乗り、海江田氏が浜岡を視察した。その上で停止要請の方針を決め、中部電力の水野明久社長、川勝平太静岡県知事らと会談して具体的な進め方を協議することになっていた。その報告を海江田氏から受けた菅首相は「自分が記者会見で発表する」と晴れの舞台を取り上げてしまったのである。しかも浜岡以外の原発は停止を求めないという大事な部分を無視してしまった。就任以来、菅首相はこのような電撃的な行動が多いが、それでも最初に言い出した仙谷氏自身「何があったのか」と周辺に首をかしげてみせるほどだ。

 しかしこの停止要請は世間にはかなりの好感をもって受けとめられている。原発のある自治体、とくに知事は選挙で選ばれる身であることからいまや原発推進とはいいにくい状況である。現在わが国には原発は54基ある。そのうち運転中は24基で、残りは福島第一の6基や、検査中のものである。原発は13カ月に一度検査があるため、すべての原発が同時に稼働していることはない。問題は福島のあと、検査中の原発がすんなりと運転再開できるかどうかである。地元の反対も予想される。四国電力では伊方発電所3基のうち3号機が定期検査中である。浜岡も中電は安全対策をとったあとに再開すると強調しているが、これは強がりだろう。検査中の原発が運転再開できないとなると来年7月にはわが国で原発による電力はゼロになる。

 ドミノ現象を食い止めようとして浜岡を停止させるという発想が、菅首相が割り込んだためにドミノの最初の一枚を倒してしまう結果となった。世間の評価は好意的で、おそらくこれによって内閣支持率はいくらか上昇するだろう。これに味をしめた首相が、今後、矢継ぎ早にポピュリズム的決断を下すおそれがある。民主党内部ではそのことを心配する向きが多く、菅首相を交代させるべきだと考えている政治家は自民党など野党よりも民主党内のほうに多い。

 政権内部での意思疎通がうまくいかず、首相が地位に恋々としているようでは、この国を救うことはおぼつかない。原発を所有する世界各国はみな日本の対応を注視している。原子力発電所を他国に売り込むほど、その技術力を誇示しながら、危機管理ができていなかった日本のどこが問題だったのかを反面教師として見ているのである。月末のフランスでのG8サミットは議長がサルコジ仏大統領ということもあり、福島原発事故が最大のテーマとなることは確実である。

 危機管理はきちんとしていたのか。大津波で建屋が壊されたあと、水素爆発を防ぐことはできなかったのか。あるいは初期段階で米国やイスラエルなどの技術提供を保安院の判断で断ったのは事実なのかどうか。さまざまなことが問われるだろう。

 とくに米国は日本の対応に半ばあきれ顔だといわれる。原発内部のがれき処理などに当たっている作業員の身元をきちんと調査しているのかと問いただした米国は、首をかしげる日本側に、そのなかにテロリストがいるかもしれないとは思わないのか、と怒ったという話もある。「日本は安全だ」というキャンペーンが盛んだが、そんなことでは国際的風評被害の拡大は防げない。大事なことは国と国民の命運のためになることをしているかどうかである。国難にのぞんでそれができないようではこの国は奈落へ落ちてもしかたないが、日本人の底力で切り抜けられると思う。政治家はだめでも市井には立派な人たちがたくさんいるのだ。

(政治ジャーナリスト、日本経済新聞客員コラムニスト)

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