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小沢氏

2010/10/18

強制起訴は正義なのか

 東京第5検察審査会が小沢一郎氏の「強制起訴」を議決した。メディアは「身を引け」と議員辞職を迫り、野党は証人喚問など国会での説明を求める。「知らぬ存ぜぬで正面突破しようとした小沢氏の思惑は、まさに『世の中』の代表である審査会によって退けられた」(朝日社説)というのがおおむね国民多数の受け止め方だろう。でもこれが本当に正義といえるのだろうか。法律に照らして黒白を争う司法の場が「市民感覚」で裁かれていいものだろうかという疑問がなかなか消えない。

  議決ではこう述べている。「検察官が説明した起訴基準に照らしても、本件において嫌疑不十分として不起訴処分とした検察官の判断は首肯しがたい」「検察審査会の制度は有罪の可能性があるのに、検察官だけの判断で有罪になる高度の見込みがないと思って起訴しないのは不当であり、国民は裁判所によって本当に無罪なのかそれとも有罪なのかを判断してもらう権利があるという考えに基づくものである」

  非の打ちどころがないような表現に思えるが、白か黒かは裁判で、という考え方が通るなら、検察が不起訴にした事件、とりわけ大物政治家が絡む政治とカネにまつわる事件は今後、ほとんど「強制起訴」ということになるだろう。市民感覚や国民の目線は政治においては無視できないものだが、司法となるとポピュリズム(大衆迎合主義)を排さなければ魔女狩りのようになりかねない。

  専門家の多くは小沢氏が無罪になるだろうと予測する。裁判で争われる証拠や供述書のほとんどが検察の手によるものだからである。それらをもとにして検察が起訴できなかったものを起訴して、かつ有罪に持ち込むことはほぼ不可能だと指摘する向きが多い。

  判決が下るまでには数年要するらしい。検事役をつとめることになる弁護士の指名もまだ終わっていないし、時間がかかるのである。現在68歳の小沢氏は判決が出るころには70歳を越しているだろう。この間、議員の座にとどまったとしても、メディアや世論の批判を浴び続け、政治活動はほとんど不可能になるだろう。政治的には死んだも同然ということだ。

  国民の一般的な受け止め方としては、自民党田中派時代以来、政治とカネの問題でよからぬ評判の多かった小沢氏は、検察がいくら2回も不起訴にしたからといって、白とは見なせない、限りなく黒に近い灰色だ、ということだろう。だからといって強制起訴されていいというものではない。評判の悪い政治家といえども、司法の判断は「法に照らして」下されるのでなければ法治国家ではなくなる。

  新聞の社説が「政界引退」や「議員辞職」で筆をそろえるときに、この稿のごとき主張をするのはいささか勇気がいる。しかし、これほどの事件でメディアがみな同じことをいうのは危険である。市民感覚がいつも正しいとは限らない。古今東西、戦争が起きるときは、「断固」「断固」という国民の声が背後につきまとっていることが多いのである。

  小沢氏は検察審査会の議決が1回目と2回目の内容が違うとして東京地裁に無効の行政訴訟を起こした。まず起訴議決そのものをめぐって争われることになり、いずれにしろ長期化は必至だ。小沢氏の強制起訴で、政治的には菅直人内閣の寿命は伸びたと考えるべきだろう。

  野党の国会での追及にのらりくらり答えている菅首相だが、本音では心の中で小さな万歳三唱をしたのではないだろうか。また民主党代表選で小沢氏に一票を投じた200人の国会議員の半数以上、特に衆議院議員は自分の選挙を考えてこれで小沢離れができるとほっとしているのではないか。民主党内部にも証人喚問すべきだと考えている人が少なくない。全会派一致というルールがあるので難しいだろうが、偽証罪に問われることのない政治倫理審査会への招致は避けられないだろう。

  無実を主張している小沢氏は完全否定するだろう。説明責任を果たしていないとメディアの批判は一段と強まり、小沢氏の政治生命はやがてとどめを刺されることになるだろう。

  秘書3人が逮捕された世田谷の土地、虚偽記載はわずか2カ月土地購入の時期が違ったということだった。小沢氏から購入資金を借りながら、一方で銀行融資を受けたのは何かを隠すため、と疑われているが、手元資金があっても住宅ローンを借りることなどよく聞く話だ。「小沢一郎」というキーワードですべての事象を見ると限りなく黒く見える、どうもこの事件はそういう風にも見える。

(政治ジャーナリスト、日本経済新聞客員コラムニスト)

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