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鳩山政権1カ月

2009/10/19

滑り出しは順調だが

 あまりにも順調すぎて、その速度に驚きながらも、いくらかの居心地の悪さも感じている。発足1カ月の鳩山政権のことである。いま起こっていることは、合法的革命というべきもののようにも見える。しかしながら、そこでふと考えてしまう。熱狂的な国民の支持と、民主的手続きとで、かつてドイツではナチスが台頭した。まさか、と思うような過ちを犯すことがあるのが政治だということを歴史は教えている。日本を根本から変えようとしている民主党の壮大な試みが、成功するのかしないのか。すべてはそれに要する「時間」に対し、国民がどの程度寛容でいられるかにかかっている。

  大げさなようだが、これまでの自民党政治が要請に応じて下から予算を積み上げて行く「足し算の政治」だったとすると、民主党政権の手法は、何が不要不急かを見極めて差し引いて行く「引き算の政治」のようなものだろう。とくにダムや新幹線、道路などの大型公共事業は、これまでは計画が承認されれば、あとは毎年、足し算式にお金が上積みされることになっていた。民主党はマニフェストを葵(あおい)のご紋のように振りかざし、トップダウンで計画を中止する。自民党のように国会議員の傘下に地方議員が連なっていないからできる。

  「国が一度決めたことを何の説明もなく反故にするのか」と人々は当惑する。政権交代のないこの国では「国」に2種類あるなどとは思ってもみなかったことなのである。

  世間では「あまりにも性急な」とか「地元への説明が先だ」などの批判もうずまく。しかしながら手順を踏めば踏むほど、マニフェストの実行は困難になる。マニフェスト至上主義などという批判を浴びながらも、民主党はマニフェストの枠を逸脱できない。枠から外れた途端に歯止めがなくなり、政権が求心力を失うのは目に見えているからである。

  それにしても、と思う。引き算の政治のはずなのに、概算要求の段階で史上最高の予算額になってしまった。いくらでも切り込めると考えていた麻生政権当時の補正予算や来年度概算要求案も、それなりに必要性があり、なかなか削れない。国と地方を合わせて約800兆円もの借金。その半分が国の借金だが、国債の利払いと元本一部返済で来年度は22兆円になるという。一方で収入は長期化する不況で40兆円を割り込むという。家計にたとえて考えれば、月給40万円に満たない家庭で、毎月22万円のローンを払い、新たに40万円借金して月給95万円の暮らしを続ける、というようなものである。

  これほどの財政赤字を招いたのは自民党政権の責任である。政治家は官僚の無駄遣いとばかり責任逃れの姿勢だが、悪化させたのは選挙目当ての政治家の責任である。鳩山政権下でも国債増発は避けられない情勢だが、そのことでマニフェスト違反と責められたのでは、民主党もなす術(すべ)がなくなる。各省で大臣、副大臣、政務官が「政務三役会議」を開いて方針を決める。自民党時代にはまるで存在感の薄かった副大臣、政務官というポストはにわかに脚光を浴びることになった。

  官僚主導の政治から政治主導の政治への切り替えは、想像以上にうまく行われている。さりとて官僚機構と全面対決しているわけではない。知恵もきちんと借りている。ムダ排除や予算編成の要のポストには、官僚出身の政治家を配しているし、首相の政務秘書官に経済産業審議官をつとめた佐野忠克氏を抜てき、官僚機構ににらみをきかすとともに、官僚でなければ気のつかない細部にも目を光らせる。

  かつて就任したばかりの内閣総理大臣に面白い話を聞いた。大蔵省(現財務省)の次官と主計局長が首相のところへやってきて、こう言ったという。「総理、ご就任おめでとうございます。来年度の予算編成を前に、総理ご自身で予算に関して個別のご希望があればおっしゃってください」。すなわち選挙区で予算をつけてほしいものがあれば、希望をかなえてあげますというような話だったというのである。

  政治家は首相といえども官僚には頭が上がらなかったということをこれほど象徴的にあらわしているエピソードはない。その時代に比べれば、政治は様変わり、少なくともいまのところはそう見える。かつて圧倒的国民人気で登場した細川護煕政権も、わずか8カ月で消えてしまった。そのころ、内閣官房副長官だったのが鳩山首相で、事実上の政権最大の実力者が小沢一郎氏だった。細川政権の教訓をどう生かせるか、予算編成が試金石となる。
(早稲田大学大学院教授、日本経済新聞客員コラムニスト)

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