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小沢氏辞任騒動

2007/11/09

遠のいた大連立時代

 「指導力のある政治家」を、と無いものねだりをしながら、めずらしく指導力を発揮しようという政治家が現れると、寄ってたかって袋だたきにする。衆参のねじれ状況のもとでは国民の側に立って考えると、大連立は政治を動かすためには決して悪い選択ではなかった。そのことは議席の78%が与党という大連立を組み、スムーズな国家運営を可能にしたメルケル首相のドイツの例が物語っている。

  福田首相と小沢民主党代表の党首会談で、大連立の話が出たころ、カンボジア・アンコールワット遺跡のあるシェムリアップにいた。NHKの国際放送でそのことを知り、膠着(こうちゃく)状態の政治を動かすにはこれしかないな、と感じていた。ところがそのすぐあと、小沢代表が辞意を表明となり、なぜ?と理解できなかった。辞意表明の翌朝、帰国したが、今度はマスメディアが異口同音に小沢氏を批判、民主党の大失態とばかり報じていることに驚いた。

  大連立構想を持ち出したのはどちらの側か、とかあまりにも唐突だとか、大政翼賛会と同じだとか、あいも変わらずの独断専行とか、罵詈(ばり)雑言に近いようなきつい言葉が投げつけられていた。辞意表明―辞意撤回と直視できないような醜態が続き、大連立話はこれで完全に消えた。民主党はもとの対立姿勢に戻るのだろうが、ならば、いかにして国家運営、国民生活に必要な法律を成立させるのか。

  続投表明の小沢代表は、別人のような低姿勢で、ときに涙ぐんで説明不足をわびていた。小沢氏は変わった、と世間は評価したが、謝らなければならないような話だろうか。政治をどう動かすのがいいのかを与野党の党首が話し合うことが、なぜ責められなければならないのか。「密室」と批判されるが、政治の大転換期には、そういうこともあるだろう。批判されるべきは小沢氏や福田首相ではなく、連立話に介在したという大物民間人や、党首が何を考えているのかという想像力を欠いた民主党執行部ではないか。

  小沢氏の「謝罪」により大連立は悪いことの代名詞のようになってしまった。これでドイツのような大連立の時代が日本にも来る可能性が大きく遠のいた。再び「対決」状態へ回帰し、どのようにして国家運営をするのか。政策ごとに与野党が十分、話し合い、双方の主張を織り込んで法案を提出すればいい、と多くの人が言う。毎日が解散・総選挙におびえざるを得ないような雰囲気の中で、果たして可能だろうか。

  自民・民主両党が大連立を組むということは、期限を切って政策実現のための共同作業をするということである。したがって、1年以内に解散・総選挙は行わないというようなことが条件になる。小沢氏は先に辞意表明の際、民主党に政権担当能力が備わっていないとか、総選挙で政権交代することは難しいと述べ、そのことも批判の対象となった。しかし冷静に考えれば小沢氏の指摘は、党首としての発言としてはいささか不穏当だが、内容は正しい。

  総選挙に「追い込む」などと威勢のいいことを言っても、300の小選挙区のうち90区ほどはまだ候補者さえ決まっていないのだ。民主党がもとの対決姿勢へ戻ることで、ほくそえんでいるのは自民党だ。つい2カ月前、首相が突然、政権を投げ出すという醜態に深刻な表情だった自民党は、世間の小沢民主党批判で、すっかり生き返ったような表情を見せている。

  自民と民主、どちらが得したり損したりしようがそんなことはどうでもいい。事態打開のために何が可能なのかという大事な思考能力を止めてしまって、何をするつもりなのか。この先には希望のないやけっぱちの解散・総選挙しかない。民主党が自民党を過半数割れに追い込まない限り、ねじれは解消しない。日本の国家運営はずーっと動脈硬化状態のままなのである。

  今回の騒動が永田町全体にねじれ状態の国会をどう動かすかを切実に考えるきっかけになってくれればいいが、羹(あつもの)に懲りた民主党が、対決姿勢を和らげることができるだろうか。「ご覧の通り不器用で口べたな東北人気質で、それが今回の混乱の一因だ」と小沢氏は民主党両院議員懇談会で述べた。筆者も同じ東北人として気持ちはわかるが、指導者としてはそんな理由は通らない。

  今回に限らず、戦後政治史の重要な局面で、政治家ではない民間人が“暗躍”したことは珍しくない。ほとんどのケースで民間人主役の政治工作は頓挫(とんざ)している。その理由はおそらく責任を伴わない民間人には限界があるということだろう。途中で情報が漏れ、しまいには誹謗(ひぼう)中傷合戦に終わってしまう。政治家には国家的視点での知恵が無く、指導力も無い。そして国民自身が実は指導者に指導力を求めていないのだという現実が大転換を尻込みさせているのである。

  (早稲田大学大学院教授、日本経済新聞客員コラムニスト)

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