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教育論

2007/07/16

若者よ、「師」を探せ

 私が教えている大学院でこの春から「指導者論」という講座を設けた。興味のある人物について学生が調べてみんなの前で発表する。それを元に十人ほどの受講者全員で議論をする。学生たちが選んだのは幕末維新の吉田松陰、坂本竜馬らから岸信介、吉田茂ら政治家、北条政子、孫文、リンカーン、イエス・キリスト、ジュリアス・シーザーらさまざまである。

 もちろん、いろいろな書物から材料を引っ張り出し、その人物の一生をなぞるだけだが、意外なほど学生たちは熱心に議論に加わる。私はいかにその人物が偉大か、というだけでなく、否定的視点からも人物を見つめなさい、といっている。功績とみなされる部分よりも、失敗の部分にこそその人物の人間臭さが隠されており、われわれに教訓を与えてくれるのはむしろそちらのほうではないかと考えるからである。

 先月、郷里の山形県の中学校で話をした。中学生を相手に話をするのは初めての経験で、人前で話をするようになって二十年ほどになるが、これほど緊張したことはなかった。私は「だれでもいいから、この人について知りたい」と思う人を探しなさい、といった。歴史上の人物でもいいし、好きなスポーツ選手や歌手でもいい。あるいは学校の先生や自分の家族、近所のおじさんやおばさんでもいい。小説や漫画の主人公でもかまわない。

 その人について徹底的に知ることはその人の生きかたについて知ることだ。生き方を知って、自分だったらどうするかを考える。つまり「師を探せ」ということなのである。戦前は二宮金次郎やキュリー夫人、エジソンなど偉人伝を子供たちに必ず読ませた。戦後は個人崇拝を排除するため、「偉人」という言葉さえ使わなくなった。

 それはそれで構わないが、若者たちはどう生きていけばいいのかわからずに道の真ん中で立ちすくんでいる。だから、サンプルを探して自分の将来をそこに重ね合わせて考える。学ぶ、ということは真似(まね)ることから始まるという。それを実践してみただけのことだが、小学生から大人までこのテーマで学ぶことが可能だ。

 「しばらくは自分探しの旅です」などと若者はいう。「探したって自分は落ちていたりしない。仮に、見つけることができたとしても、努力もしないで見つかるような自分がろくなものであるはずがない」と私は辛口なことをいい続けている。最近盛んな教育論議で欠けているのは、どう生きるかについて考えさせるという視点である。教育論議は学校制度をどうするかというシステムに関するものと、それをどう教えるかという技術論に終始しがちである。

 「勉強しなさい」と親が子供にいうときは、学校の成績を良くしたいと思うからである。成績を良くして、いい学校へ進学させたいと思うからである。いい学校に入れば、いい会社に入れて、いい人生、すなわち安定した楽な人生が送れる。こういう動機で勉強を強要しても、子供がその通り勉強するはずがない。興味のないことはその場しのぎで教科書を開くことがあったとしても、身につかない。

 親がすべきことは自分の背中を子供に見せることである。そのためには、見せるに足る背中にしなければならない。人は仕事をしているときが、もっともいい表情になる。子供に仕事をしている親の姿を見せる。勉強しろ、としかりつけるよりもはるかに子供にいい影響があるはずだ。

 もう一つ大事なことは、子供をできるだけ貧乏な環境に置くことである。子供部屋を与え、ほしがるものをすべてそろえてあげる。何不自由なくという環境で立派な人物に育つはずがない。欧米の豊かな家庭の子女は、寄宿舎生活で不自由を経験する。その中で創意工夫が生まれ、連帯感が身につく。日本の子供たちは勉強部屋にこもり、パソコンや携帯電話の世界に閉じこもっている。だから、大人と普通の会話ができない。人前できちんと自分の考えを発表できない。

 毎日、若い人たちと接していて、いまの若者は、などと嘆いたりしないし、すべて彼らがだめだ、などとは思わない。しかしながら、彼らは大人からこういわれることを心の底から恐れているのだ。「君たちはいいな、何不自由ない時代に生まれて。ほしいものは何でも手に入り、どこへでもいける。どうだ、幸せだろう」。「先生、何の不自由もない、そして何でも手に入ることの不幸せということを理解できますか」と目に涙を浮かべていった学生が少し前にいた。

 自分が将来、どのような職業につくかを真剣に考えるのは当然のことだ。それと同時に、もう一つ考えなさい。自分は自分以外の存在のために何ができるのだろう、だれに尽くすためにいま、こうして生かされているのだろうと考えなさい、ということにしている。

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