童謡のふるさと 小豆島(下)

第4部 視線は高く9

浮沈かけ観光転換図る

 会場に子供たちの澄み切った歌声が響き渡った―。八月末、土庄町で開かれた第一回小豆島童謡音楽祭。聴衆は、懐かしい童謡や唱歌に子供時代を思い起こして郷愁に浸った。

 島民にも好評だったこのイベントの仕掛け人は、小豆島観光協会専務理事の三木佑二郎さん(56)。「小豆島には、童謡の歌詞そのままの風景が残っている。それを停滞する観光の起爆剤にしたい」。そんな思いからの発案だった。

映画に感謝

 なぜ、童謡なのか。

 小豆島といえば「二十四の瞳」。三木さんは「壺井栄はもちろんだが、小豆島が全国的な観光地になったのは、木下恵介監督の映画のおかげ」と強調する。

 その中で多用されていたのが童謡や唱歌。「物語にそって映画の場面を思い起こしながら童謡を歌えば、監督のよい供養にもなるのではないか」。

 もともとは三年計画の事業で、初年度は「木下監督に感謝する集い」として考えていたが、趣旨に賛同する人が増えるとともに観光イベントとしての音楽祭にふくれあがった。

 「童謡はだれでも歌えるし、心やすらぐメロディーは島の景色にもよく合うでしょ」。こう語るのは、実行委員の一人で小豆島バス副社長の堀本昌代さん。

 当日は、島内の合唱グループのほか、映画で歌を担当した東京の児童合唱団「音羽ゆりかご会」も出演。観客から「島でこれほどのイベントができるとは」と感激の声が上がるほどの成功だった。

 二十四の瞳映画村なら挿入歌だった「七つの子」、夕日の美しい太陽の丘では「夕焼け小焼け」、寒霞渓は「もみじ」…。歌詞にぴったりの場所を選んでボンネットバスで巡り、観光客に一緒に歌ってもらう。翌日には、こんな趣向のイベントも開催した。

 題して「童謡の景色めぐり」。音楽祭だけでなく、将来的に童謡と観光を結び付けるための布石だった。

三町がそっぽ

 「小豆島の観光を何とかしなければいけない」。三木さんらが童謡音楽祭を考えたのは、島の現状に対する危機感からでもあった。

音楽祭に併せて催した「童謡の景色めぐり」。島の観光を変えようという取り組みが進んでいる=内海町田浦
音楽祭に併せて催した「童謡の景色めぐり」。島の観光を変えようという取り組みが進んでいる=内海町田浦

 年々減少する観光客。島の経済は停滞し、人口減にも歯止めがかからない。映画を契機に修学旅行のメッカに躍り出た昭和三十年代、「イメージダウンになる」と離島振興法の指定さえ拒否した元気さは今見る影もない。

 さらにジェットラインの撤退騒ぎも危機感に拍車をかけた。「小豆島の魅力をもっと高めてほしい」。船会社からもこんな注文が付けられる始末だった。

 「小豆島が生きる道はやはり観光。でも、三町のまとまりがないことが一番のネック」と三木さん。観光施策は三町バラバラで、それぞれのパンフレットは他町の観光地についてほとんど触れていないのが現状という。

 壺井栄生誕百年の催しも、結果的には内海町中心で土庄、池田町があまり協力できなかった。

 「観光客は土庄町や内海町に来るんじゃなく、小豆島に来る。ここほどまとまりが必要な所はないのに」。堀本さんは「三町は運命共同体。もっと一体となった取り組みを」と訴える。

総合ビジョン

 長年、外から島を見てきた三木さんの目には、観光にも転換が必要と映っている。「いつまでも二十四の瞳とオリーブに頼っていてはいけない」。

 例えば、湯布院や萩・津和野。「これからは名所を回る点や線ではなく、面の観光。一週間いても退屈しない仕組みを作り上げたところが勝ち残る」と滞在型観光の必要性を強調する。

 「その通り。お金をかけたリゾートは無理でも、豊かな自然を生かす道を探るべき」と堀本さんも相づちを打つ。「童謡のふるさとも、その一つ。島には疲れた人が安らげる『いやし』のイメージがよく似合う」。

 だが、「単発のイベントでは島おこしにならない」(三木さん)のはみんな分かっており、童謡音楽祭をきっかけに、三町の枠を超えた総合的な観光ビジョンを作る動きも見え始めた。

 危機意識に後押しされ、島の観光を変えようという模索が始まっている。