夕鶴の島 家族諸島(5)

第4部 視線は高く5

身を削って支えた繁栄

 家島・真浦港に巨大なガット船(石材運搬船)が所狭しと並んでいる。これが瀬戸内の小島かと目をこすりたくなるような壮観だ。

 「ご発展で」「さすが家島」。全国各地からやってくる視察団からこんなあいさつを切り出されるたび、鍬方町長は気が滅入る。「船がおるのは、仕事がないから。港が空っぽの方が島の景気はええちゅうことなんですが…」。

石の恩恵

 石材を切り出す採石業、その石材や土砂を運搬する海運業。この二つが戦後の家島を支えてきた基幹産業だ。両業種合わせて約二百三十社。採石関連の仕事に島民の三割、約千五百人が携わり、法人町民税の八割を占める。

港に停泊したままのガット船=兵庫県家島町
港に停泊したままのガット船=兵庫県家島町

 石の採掘は同じ家島諸島の男鹿島と西島で行われ、主に阪神方面に運ぶ。大阪湾の護岸工事に使う基礎石の実に九割を、この島が産出したといわれ、関西国際空港や神戸六甲アイランドの埋め立てにも大量の石材を搬出した。家島を母港とするガット船は全国の三分の一に当たる約三百隻。大型船が多く、積載量ベースなら七割に上る一大基地を形成している。

 高速船の自主運航を可能にした真浦区会の財力も、ひとえに石のおかげ。男鹿島、西島の山の権利を持つ区会には毎月、地代と出荷量に応じた採掘料が業者から入ってくる。

 「年間数億円。最近は税務署もうるさいし、具体的な数字は勘弁してや。ただ、積立金は二十六億円ほどあるよ」(中上忠義区長)

 「町より金持ち」と鍬方町長が苦笑する区会は、町道や公共駐車場の整備でも費用の半分を負担する。自前の斎場や区民会館を持ち、四年前には約十億円をかけて病院までつくった。

 「石切り島」とも呼ばれ、島のすみずみまで石の恩恵に浸されてきた家島。その足元が今、大きく揺らいでいる。

見えない明日

 「公共事業がこれだけ目の敵にされると、ほんまにしんどい」。家島石材採掘協同組合の出口貢市郎事務局長(58)は「大規模工事が頼みの綱やからね」とため息をついた。

 採石業は元来、好不況の波が大きい業界だが、バブルが弾けて以降、低迷が続く。阪神大震災の復旧事業で持ち直したものの、それも束の間。大事業が一巡した三年前から需要がガクンと落ち、出荷量は最盛時の四割にとどまっている。

 関空二期と神戸空港の埋め立て着工で「当面は持ちこたえそう」(出口さん)だが、"空港特需"も二年先には相次いで終わる。「その後はビッグプロジェクトが一件もない」という心細さだ。

 石材の出荷が減れば、たちまち困るのが運搬を受注している海運業者。「見通しが全く立たん。他の用途に転用しようにも、どこも船は余っとる」。石船組合理事の八塚清さん(74)の表情も渋い。

離島の縮図

 姫路発の高速船が家島に近づくころ、異様な光景が視界に入ってくる。石を採り尽くして平らになった小島が二つ。その先の男鹿島は島の半分が消え、荒い山肌がむきだしになっている。

大量の採石ですっかり形を変えた男鹿島
大量の採石ですっかり形を変えた男鹿島

 「家島を夕鶴にたとえる人がおりましてな」。船に乗り合わせた島民が教えてくれた。山を削って島の生活を支える姿が、身を細らせながら自らの羽で織物を織り上げる「つう」に重なるのだという。

 自分の手で、自分の島を切り崩してゆく―。家島に限らない。生産性の高い産業を持てない瀬戸内海の多くの離島が、工業化の過程でそんな構図を受け入れてきた。

 「環境破壊と言われりゃそれまでやが、だれも古里を傷つけとうてやっとるわけやない」。採掘組合の出口さんは少し語気を強めた。「私ら、確かに石で潤うてきた。けど、国の経済発展のために役立ったのも事実。公共事業はもうやめや、石も要らんいうのは、やっぱり島の切り捨てやないか」。