坊勢の誇り 家族諸島(2)

第4部 視線は高く2

漁業後継者次々名乗り

 坊勢島の朝はめっぽう早い。午前三時、竹中将仁さん(28)の底引き船が港を離れた。対岸の姫路の市場に前日とれた魚を運び、島に取って返して夕方まで網を引く。

 高校卒業後、迷わず漁師の道を選んだ。「だれに気兼ねも要らん。腕一本で稼げるのが魅力」だった。一日の水揚げは平均五万円。妻子と四人、十分食べていけるという。「何より、坊勢の魚はうまい。それがぼくらの誇りやね」。

平均年齢45歳

 組合員六百四人、漁船約九百隻。坊勢漁協は内海漁業の組合では全国トップクラスの規模を誇る。漁獲高は兵庫県一位。去年は五十八億円の水揚げがあった。組合員一人当たりにならすと約一千万円の収入。瀬戸内海の漁業者平均のざっと二倍になる。

 イワシ、アジ、メバル、イカ、シャコ…。港に揚がる魚種の豊かさに目を見張る。漁場の近くにある「鹿の瀬」と呼ばれる広大な砂堆(たい)が恵みの源泉だ。

 島を歩いていると、若い漁師がやたら目につく。

 「組合員の平均年齢四十五歳。全国で一番低い」と桂正明組合長(59)。播磨灘周辺の漁協が平均六十五歳だからちょうど一世代分の開きがある。「島の青年は高校を卒業したら、たいてい漁師になる。七割は超えとるでしょう」。

 島に根を下ろして家庭を持ち、子供を育て、基幹産業の漁業を支える次の世代を再生産していく。そんなサイクルが戦後の高度成長期も坊勢では崩れなかった。

 跡継ぎに悩む漁業関係者が全国各地から視察にやってくる。漁場環境の良さ、消費地の阪神を近くに持つ強み。坊勢の特徴をひとわたり説明した後、桂組合長は決まってこう付け足す。

 「漁業がだめでも島は他に逃げ場所がない。だから若いもんも寝る間を惜しんで働く。沿岸部の漁師とは気構えが違いまっせ」。島の漁師のプライドが言わせる言葉だ。

人気呼ぶ釣り

 荒木栄さん(43)が坊勢で「海の釣り堀」を始めたのは四年前。海上を網で仕切ったいけすに、マダイやカンパチ、シマアジを放した。高級魚を釣り上げるだいご味と、釣り堀の手軽さを同時に味わってもらう新趣向だ。

人気を集める海の釣り堀。漁業の島・坊勢の新しい産業に育とうとしている
人気を集める海の釣り堀。漁業の島・坊勢の新しい産業に育とうとしている

 中学を出てすぐ船に乗り、腕のいい漁師で鳴らした。年収三千万、多い年には四千万を超えた。島の稼ぎ頭の突然の"転業"に周囲は驚いた。

 「あほ呼ばわりされましたよ。安定した収入があるのに、何でって」

 荒木さんには危機感があった。「魚をとって市場に売るだけの漁業では坊勢もいつか行き詰まる。島に来て楽しんでもらうことを考えんと」。

 狙いは当たった。売り上げは毎年倍々ゲームで伸び、今や年商四億円。京阪神に近いメリットも手伝い、週末には一日三百人が押しかける。姫路港まで船の送迎付きで半日遊んで一万三千円。いけすの魚は、つてを頼って香川県漁連から調達している。「香川にはほんま、お世話になっとってね。足を向けて寝られません」。

 荒木さんの成功を呼び水に、海の釣り堀は六軒に増えた。釣り客が島の民宿に泊まる波及効果も出ている。

ぜいたくな悩み

 後継者難どこ吹く風の元気な漁業。観光漁業も順調な滑り出しと来れば、左うちわのはずだが「実はその跡継ぎに悩んどってね」と桂組合長。坊勢もついに後継者不足かと思ったら「いや、増え過ぎて困る」。既に飽和状態で、限られた水産資源のパイを奪い合う格好になっているという。

 数年前、組合員の削減を提案したら「息子は漁師になりたい言うとる」「うちもや」と総スカンを食い、案は流れた。週休二日制の導入や稚魚の放流で資源回復を図っているものの、漁獲量は下り坂をたどり始めている。

 跡継ぎが増え過ぎて困る―一次産業の世界でとんと耳にしない話だ。「ぜいたくな悩み? そりゃそうですわな」。桂組合長は苦笑いした。