養殖王国

第3部 豊島と直島10

風評被害の不安消えず

 昨年八月、産廃の直島処理案が発表された翌朝、直島のノリ養殖業者の元に県外の問屋から数本の電話が入った。

 「ノリは大丈夫か」

 覚悟していた風評被害とはいえ、予想以上の敏感な反応に直島漁協はショックを受けた。岡田俊二組合長(52)は「新たな試みの準備を進めていた矢先。あれで直島の名を出すことができなくなった」と悔しがる。

 その試みとは「顔の見える商品作り」。直島という産地を前面に出し、消費者に安全性と安心を一緒に提供する。激化する産地間競争に打ち勝つ努力の芽は摘まれた。

プライド

 直島は県内トップの実績を誇る"養殖王国"。年間の水揚げ額はハマチ類で約四十億円、ノリ養殖で十億円弱。ハマチ類は県内シェアの三分の一を占める。「常に消費者のニーズに合わせて商品を作ってきた結果」。岡田組合長は養殖にかける「意識の違い」を強調する。

県内シェアの三分の一を占める直島のハマチ養殖。その実力も風評被害の前には無力だ
県内シェアの三分の一を占める直島のハマチ養殖。その実力も風評被害の前には無力だ

 例えば、肉質のいい魚を提供するために、毎月一回検体を行い、健康状態や肥満度などをチェック。設備投資にも熱心で、少しでも生産能力や品質が向上する機械があれば積極的に導入、消費者からの要望やクレームを商品に反映させてきた。

 「直島の中古機械を引き取って使う業者もいるほど。十年使える機械でも、直島では四、五年じゃ」。同漁協の石田昌次朗理事(61)は冗談交じりに笑い飛ばす。

 だが、そんな直島漁協の努力とプライドも風評の"暴力"の前では無力。漁業者はその怖さを、過去の赤潮被害や豊島の例を通して知っている。

 「赤潮が起こると健康なハマチまで売れなくなった。死んだ魚が浮いているのをテレビで見たら食う気もなくなるわな」と石田理事。豊島ノリも公害調停が始まった平成六年ごろ、それまでの「豊島」というブランド名をあきらめた。

 「消費者にとって『直島産』は数ある選択肢の一つ。いやならよその魚を買う。私らの企業努力ではどうにもならん」

負け戦

 「産地名を変えれば被害は小さくなるだろうが…」。ノリ養殖業の西岡一さん(66)は、近年厳しさを増す養殖の現状にため息をつく。

 昭和四十四年ごろは一枚三十円で売れていたが、いまは十数円がやっと。逆に「繁忙期は一日二十万円」といわれる経費は年々その重さを増している。

 直島処理案が出た直後、漁協は町内の団体では唯一、受け入れ反対を表明した。

 「初めから負け戦は分かっていたが、補償も何も決まってないときに被害が出たらどうしようもない。一生に商売できるのは三、四十回。一シーズンでも多く助かればという思いがあった」。石田理事は抵抗の背景を説明する。

 しかし、半年後、漁協は苦渋の決断を強いられる。本心は反対でも結局、「受け入れ」に動く大きな力には逆らえなかった。岡田組合長はそんな気持ちを選挙に例え、「反対票から棄権に変えただけ」と表現した。

 「環境産業の展開を目指すなら、せめて県や三菱マテリアルは島を緑豊かな姿に変えてほしい。そうでないと、直島はやはりごみの島のイメージを持たれてしまう」

 棄権という言葉に込めた漁協の精いっぱいのメッセージだ。

売れなきゃ実害

 県は風評被害対策として三十億円の基金を創設、直島に対する風評被害対策条例もできた。

 しかし、三十億の基金も学術経験者らによる審査会が被害を認めなければ一円にもならない。「保険と一緒で、入るのは簡単だがなかなか金はもらえん」という声も多い。基金や条例で漁業者の不安が消えたわけではない。

 「風評被害といっても魚が売れなきゃそれは実害。汚染で魚が死ぬのと同じこと」と西岡さん。「どんな先端技術も人間がやることに完ぺきはない。それでも、反対できなかった私らの気持ちも考えてほしい」