駐在さん(下)

第2部 中村由信の世界6

カギと無縁の身内社会

 「とにかく事件なんて何もない。日誌に書くことがなくて困りましたよ」

 中村由信の撮影から十年後の昭和四十五年。三十歳すぎの「若い駐在さん」だった岡田厦喜男さん(61)=丸亀市=は、佐柳島で過ごした日々をこう振り返る。

 平穏だが、刺激のない毎日。若者にとっては、時間を持て余す場所だった。その年、駐在所は廃止になる。過疎と高齢化が進み、千人もいた島の人口は十年間でほぼ半分にまで激減していた。

島で開かれたヌード撮影会で、やじ馬や子供が来ないよう見張りをする駐在さん。こんなことも仕事のうちだった(昭和35年、多度津町佐柳島)
島で開かれたヌード撮影会で、やじ馬や子供が来ないよう見張りをする駐在さん。こんなことも仕事のうちだった(昭和35年、多度津町佐柳島)

 不審者の職務質問、夜ばい事件の捜査、ヌード撮影会の見張り…。

 中村のカメラは当時の駐在さん、児玉喬久巡査の仕事ぶりを生き生きととらえている。「島では刑事事件は年に二、三件あるかないか」と紹介されているが、駐在さんは八面六ぴの活躍だ。

 産業がないため、若者は阪神方面など島外に出稼ぎに行き、当時から島は子供と年寄りばかりだった。

 「でも人の出入りもけっこうあってね。行商人が骨とう品などを買いによく来ていました」と船着き場で働く神山竹雄さん(68)。「悪さをするやつがいると、あっという間に島中に広まった」。

不審者がいるとの通報を受け、宙を飛ぶように駆け出していく(昭和35年、佐柳島)
不審者がいるとの通報を受け、宙を飛ぶように駆け出していく(昭和35年、佐柳島)

 当時は船から「はしけ」に乗って上陸した。島の人はみんな顔なじみ。よそ者が乗っているとすぐに分かる。「見知らぬ人が降りたら、船頭らがすぐ駐在所に知らせに来ましたよ」と岡田さん。

 「そう。酒飲みが暴れたり、けんかがあっても通報がありました」。駐在所のすぐ隣に住んでいた郵便局長の十川光晴さん(77)は「それだけ駐在さんは頼りにされる存在だった」と振り返る。

 現在、佐柳島の人口は百八十人余にまで減った。「一人暮らしのお年寄りがほとんどで、巡回など保護活動が中心ですね」。高見島駐在所長で、隣の佐柳島も受け持つ白川一夫巡査長(48)は説明する。

 「おばあちゃん、体の具合はどうですか? 病院には行っとんな」「何か困ったことはないな。すぐに駐在所に言うてきてよ」

 道端や家の縁側で住民と顔を合わせると、気さくに話しかける。気になるお年寄り宅には、たびたび足を運ぶ。こうした地味な活動がほとんどで、特別な仕事はめったにない。

「おばあちゃん、元気でしよんな」。気さくな駐在さんの問い掛けに住民も笑顔でこたえる=佐柳島
「おばあちゃん、元気でしよんな」。気さくな駐在さんの問い掛けに住民も笑顔でこたえる=佐柳島

 昨年のゴールデンウイーク。島では珍しいちょっとした「事件」が起きた。山上の大天狗神社のさい銭箱が荒らされたのだ。「さい銭が多い時期を狙った」と言われ、久しぶりの事件は島中の話題となった。

 が、逆に言えば、それくらい島の日常は平穏。お盆や彼岸には墓参りなどで島の人口が三、四倍に膨れ上がるが、みんな身内ばかりで問題が起きることもなく、白川さんも「今では酒の上のトラブルや夫婦げんかも聞いた事がない」という。

 島には空き家が多い一方で、新しい家も目立つ。「定年退職して帰ってきた人が建てるんですよ」と白川さん。それでも島では、家にカギをかける人はほとんどいない。「顔見知りばかりだし、盗られる物もないから」と島のお年寄りは笑う。

 寄り添い、助け合うことが当たり前の島の暮らし。時が止まったような佐柳島では、駐在所がなくなっても、身内社会の安心感はほとんど変わらないのかもしれない。