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| アメリカ東部海岸で猛威をふるうフィエステリア(「川が死で満ちるとき」から) |
<猛毒プランクトンに襲われた魚の死がいが水面を覆っている。毒素を吸った人間は記憶喪失や呼吸障害に苦しむ>
SF映画でもホラー小説でもない。アメリカ東海岸で起きている現実の出来事だ。犯人は渦鞭(べん)毛藻類のフィエステリア・ピシシーダ。ラテン語で「魚殺し」を意味する。
「傷口がぱっくり開き、うろこもぼろぼろ」。日本獣医畜産大の和田新平講師(魚病学)は一昨年、留学先の米国でフィエステリアの毒性研究にかかわった。魚の損傷を初めて目のあたりにした驚きを「プランクトンとはとても信じられない凶暴性」と話す。
化け物
騒動の序幕は十年前にさかのぼる。メリーランド州など東部三州の河口域で魚の大量死や漁業者の奇病が発生。ノースカロライナ州立大のジョアン・バークホルダー教授(水生植物学)がフィエステリアの仕業と突き止めた。
赤潮を引き起こす渦鞭毛藻などのプランクトンは通常、魚のえらに付着し結果的に窒息死を招く。ところが、フィエステリアは毒素を放出して積極的に魚を殺すとんでもない習性の持ち主。ふだんは無毒の状態で底泥に潜み、魚の存在を感知すると遊泳細胞に姿を変えて毒化、攻撃を加える。魚が死ぬとアメーバ状になって死骸を食べ、再び水底へ。この間、二十四回も変態する。被害は魚介類にとどまらない。海水に触れた漁民やダイバーの体には魚と同じはれ物ができ、記憶障害に陥るケースも。さらに厄介なことに、毒素は空気中にも拡散、それを吸い込むと発病することが培養実験で判明した。
バークホルダー教授は九一年秋、国際有毒プランクトン会議で初めて研究結果を発表した。怪人二十面相ばりの変身術と人体にも危害を及ぼす強い毒素。プランクトンの常識を覆す「ファントム(化け物)」の出現報告に会場はどよめいた。香川大農学部の門谷茂教授(海洋環境学)は「まさか」と耳を疑ったという。「そんな藻類がいるなんて想像もつかなかった」。
衝撃の発表はしかし、迅速な対応には結び付かなかった。州政府は「魚の大量死は酸素不足が原因」と突っぱね、しばらくはローカルな話題に閉じ込められる。封印が解かれたのは九七年。米国のジャーナリストが「川が死で満ちるとき」(邦題)を刊行し、実態を公表。世界の耳目を集める存在になった。
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| 魚介類の大量死をもたらす瀬戸内海の赤潮。近年、毒性の強い新種プランクトンによる被害が目立ち始めた |
臨界オーバー
事態を重視した米国立衛生研究所はプロジェクトを組み本格的な生態研究に乗り出した。だが、毒素の化学組成や発病メカニズムなど不明な点はまだ多い。
ただ一つ、はっきりしているのはフィエステリアの大量発生と富栄養化の因果関係。上流の工場や養豚場が垂れ流した多量の窒素やリンを含む汚水が臨界量を超え、異常繁殖の引き金になったとの分析で研究者の見解は一致している。
「フィエステリアの発生場所は湿地帯のような水域でもともとよどみがひどい。そこに有機物汚濁が重なった」。昨年、現地を視察した国立環境研究所化学毒性研究室の彼谷邦光室長は「日本でも同じような汚染が起きれば発生の可能性はあるが、現在の水質レベルなら大丈夫」という。
不気味な現象
「いや、楽観は禁物」。兵庫県水産試験場の西川哲也研究員は「閉鎖性海域の瀬戸内海ならいつ発生してもおかしくない。現に不気味な現象が続いている」と指摘する。
瀬戸内海ではこの数年、新種の渦鞭毛藻プランクトンが二枚貝の養殖に大規模な被害をもたらし、貝を毒化させるプランクトンも多発している。「フィエステリアの暴走は対岸の火事ではありません」。西川研究員は「第二、第三の『化け物』が海底で息を潜め、繁殖の機会をうかがっているかもしれない」と警告した。
◇ ◇
高度成長期、深刻な水質汚濁に見舞われた瀬戸内海が「ひん死状態」から息を吹き返している。赤潮の発生件数は三分の一に減り、見た目にもきれいになった。だが、新種の有毒プランクトンや環境ホルモンなど新たな汚染と健康被害の不安もしのびよる。ミクロの世界で、どんな異変が起きているのだろうか。
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