如意輪寺のヤブツバキ(国分寺町)

2001年2月12日

老木の樹勢にかげり

 「如意輪寺」と書いて「にょいりんじ」と読む。讃岐国分寺の末寺といわれるが、長く無住のため、現在は朽ちかけた小堂を残すだけとなっている。

 小堂の南側に茂るヤブツバキは小さな庵に不釣り合いなほど大きく、威容を誇っている。高さ約六メートル。幹は根元から七、八本に分かれ、枝の広がりは幅七―八メートルにも達する。毎年三月に入ると徐々につぼみを開き始め、直径十センチを超す深紅の大輪が鈴なりの競演。一九八一年には国分寺町文化財に指定されている。

深紅の大輪を開いた如意輪寺のヤブツバキ。春の彼岸が見ごろとなる(1998年、清水周一さん撮影)
深紅の大輪を開いた如意輪寺のヤブツバキ。春の彼岸が見ごろとなる(1998年、清水周一さん撮影)

 春まだ浅い季節の花見を楽しむ人も多い名木に今、異変が起きている。

 「一昨年ぐらい前からだんだん元気がなくなった。葉が黄色くなって落ち始め、昔はハトが枝の間に巣を作るほど茂っていたのが、みるみる半分ほどになってしまった」。近くに住む清野登志子さん(67)は、嫁いでから四十年以上にわたって見守ってきたヤブツバキのあまりに急激な変化に驚く。

 清野さん方では、代々、如意輪寺の世話人として庵とツバキの手入れを行ってきた。「庵のツバキ、というのが近所での呼び名。春の彼岸に咲くので昔は枝を少し取って仏壇に飾っていたが、文化財になってからは、『葉っぱも取ったらいかん』といって大事にしていたのに」と首をかしげる。

3年前には赤い花と緑の葉が大木をすき間なく覆った(清水周一さん撮影)
3年前には赤い花と緑の葉が大木をすき間なく覆った(清水周一さん撮影)

 国分寺町では、清野さんら地元の要望を受け、昨年、樹木医に調査を依頼。診断を請け負った町内在住の樹木医小原義猛(57)さんは、土壌がやせてきたことや根の成長力の鈍化が樹勢の衰えた理由とみている。

 「樹齢は三百年前後ではないか。長年の環境の変化で病気と回復を繰り返してきたようだが、樹勢の問題は、やはり土壌の影響が大きい」と小原さん。根が生長する三月ごろから土壌改良を行う予定。やせた表土を厚さ二十センチほど取り除いた後、幹の根元を約四十センチ掘り下げて改良土を入れる計画にしている。

落葉や枝枯れが相次ぎ、土壌の改良が行われることになった=国分寺町国分
落葉や枝枯れが相次ぎ、土壌の改良が行われることになった=国分寺町国分

 「如意輪寺のヤブツバキは幹が根元から何本も生えている株立ちの形状が特徴。株立ちではあれほどの大木は見たことがない。国分寺の三百年の歴史を見てきた木を、なんとか元気に立ち直らせたい」と話す。

 国分寺町内の写真クラブに所属する写真愛好家の清水周一さん(69)は四年ほど前からヤブツバキに向けてシャッターを切っている。「大木だが、格好はさほどいいわけじゃない。敷地の一番端に生えており、背景も民家だったりブロック塀だったりする」という。

 清水さんが被写体としてヤブツバキを選ぶ理由は、「美を求めるよりも今の姿を残したいという気持ち」。老木が無住の寺とともに荒れる姿を見るにつけ、「個人の力だが、きちんと記録したい」と話す。

 如意輪寺の裏山では、ミカン畑などを造成して「如意輪寺公園」という運動公園の整備が進んでいる。地元ではヤブツバキの樹勢回復と合わせ、運動公園の名前の由来となった如意輪寺そのものの整備を町に求める声が上がっているが、現実は厳しい。整然と築かれた公園のコンクリートの防護壁の下で、朽ちてゆく庵の姿はあまりにも対照的だ。

 「せめて公園に来た人に立派なヤブツバキを見てもらいたい」と清野さん。老木の復活を日々願っている。

文・靱 哲郎(報道部)