池田町の電照菊(小豆島・池田町)

2000年10月23日

幻想の光、深夜に点灯

寝静まった街を明々と照らす電照菊の光。秋の島路を代表する幻想的な眺めだ=池田町内、多重露光で撮影
寝静まった街を明々と照らす電照菊の光。秋の島路を代表する幻想的な眺めだ=池田町内、多重露光で撮影

 夜十一時を過ぎると、ビニールハウスが黄色っぽい白熱電球の光に浮かび上がり、漆黒の空をぼんやりと照らし始める。明々とした輝きは不夜城のごとく瀬戸の海に映え、秋の風物詩として人々の記憶に刻まれている。

 「家一軒の明かりが白熱電球一個だった時代。菊畑に何個も電球をつるしたんだから、白い目で見られたこともあったと聞いている」。県農協池田支部花卉部会長の藤本傳夫さん(44)=池田町池田=は、昭和二十五年に県内で初めて電照菊栽培を始めた父・弘さん(74)=同=が新技術導入に手探りで取り組んだ苦労を話す。

菊はつぼみの状態で出荷される。産地の増加に伴い取引価格は伸び悩んでいる
菊はつぼみの状態で出荷される。産地の増加に伴い取引価格は伸び悩んでいる

 電照菊は日が短くなるにつれて開花する菊の植物学的な生理を利用。夜間照明を施すことで、夏が続いているように錯覚させ、開花を人工的に調節する。一般的には露地物よりも花の時期を遅らせ、高値で取引される年の瀬や品薄の時期を狙って出荷する。

 九月から十一月中旬まで行われる電照は、島路を代表する風景のひとつとされる。しかし、栽培技術の進歩とともに、電照方法が変わり、今では明かりが一斉にともされるのは深夜零時ごろとなった。

 藤本さんは「夜中に三―四時間照らす方法が、植物学的に最も効率がいいことが分かってきた。それと、ここ十年ほどは料金が安い深夜電力をどこの農家も使っている」と説明。秋が深まるとともに、勤め人や学生が明々と電照された畑の間を通って家路を急いだかつての情景を、今、体験できる機会は少ない。

 町内の電照菊の栽培面積は約二十五ヘクタールで、ピークの昭和五十五、五十六年ごろの半分近くにまで減少。昭和三十年代に一箱売ればサラリーマンの初任給の三カ月分が稼げたという単価は、現在箱平均で一万円余り。変動はあるが、昭和五十年代からほとんど変わっていない。

 池田の電照菊は、かつて愛知、福岡と並ぶ全国三大産地に数えられたが、沖縄や九州各地の花に押され、存亡の岐路に立っている。「昔の栄華を再びとはいかないが、これ以上産地としての規模が細ると、市場で相手にされなくなってしまう」。生産者の苦悩は深刻だ。

白熱電球の下で余分な芽を摘む生産者=池田町室生
白熱電球の下で余分な芽を摘む生産者=池田町室生

 そこで県農協では今年の年末用の出荷から、香川の菊の一本化を進める計画を持っている。県内では県農協の大内、飯南支部と香川豊南農協がそれぞれ電照菊を栽培。三農協を合わせた出荷量は池田町をやや上回る。

 「県産菊の出荷の一本化を図り他の大産地に対抗できる量を確保すれば、市場での地位はぐっと高まる」(藤本さん)。県内の農協は今春合併し、県農協として新たなスタートを切ったばかり。「今が香川の菊をアピールしていく絶好の機会」と意気込む。

文・靱 哲郎(報道部) 写真・鏡原 伸生(写真部)