モウセンゴケ(綾歌町森林公園)

2000年5月22日

「心の乾き」計る尺度

 県内の湿地が乾いている。湿地の陸地化現象だ。それに伴って、多様な湿性植物の「生活の場」も失われつつある。

 綾歌町森林公園の湿地もそんな場所の一つ。これから九月にかけて、白や黄の花を付けるモウセンゴケ、ミミカキグサが群生する湿地だった。足元の小さな世界では、生への神秘的な営みが脈々と繰り返されていた。

モウセンゴケは虫の体液を養分に成長する食虫植物。神秘的な「生」への営みがこうして繰り返される=5月15日、綾歌町森林公園で
モウセンゴケは虫の体液を養分に成長する食虫植物。神秘的な「生」への営みがこうして繰り返される=5月15日、綾歌町森林公園で

 「地球温暖化というより、人間が湿性植物をむやみに採取し、生態系を破壊したのが大きな原因。人間の奢(おご)りが何百年、何千年、いや何億年という単位の自然の営み、変化の速度を狂わせた」

 綾歌町や隣の飯山町で教員生活の大半を過ごした新居正敏さん(66)はこう言って、人間の愚かさを戒める。「昭和五十年ごろはヌマガヤ(イネ科)なんかは少なく、サギソウやトキソウ、サワギキョウが多く見られた。オオミズゴケも群生し、数多くの動植物が生息する県内有数の湿地だった」と。

 ヌマガヤが異常繁殖した四百平方メートルほどの湿地は、ほんの数十年間で広さを百分の一に縮小した。

 そんな現状から湿地を守ろうと立ち上がったのが、新居さんが会長を務める香川植物研究会のメンバーだ。平成八年、生い茂ったヌマガヤを刈り取り、土を掘り返す「湿地の回復作業」が始まった。昨年九月までに十三回。生態系への影響を極力抑えるため、一回の作業では畳二枚分ほどしか土を掘り返さない。県内では先進事例がなく、試行錯誤だった。

香川植物研究会メンバーの手による湿地の回復作業。生態系に配慮しながら、地道な作業が何年も続く=11年6月(香川植物研究会提供)
香川植物研究会メンバーの手による湿地の回復作業。生態系に配慮しながら、地道な作業が何年も続く=11年6月(香川植物研究会提供)

 土を掘り返すことで、数が減っているコケ類を守り、勢力が強まっているヌマガヤの生育を遅らせる。決してヌマガヤを敵視し、駆逐するわけではない。湿地化が進行していれば、「会の活動は全く逆になっていたかもしれない」(新居さん)。

 自然に湿地が生まれ、なくなるのが自然界の摂理。自然条件に合う生物が生き延びる自然界の常識を人間の手で覆すことになるが、「失われる速度が人間の営みによって速まっているとすれば、心情的にしのびない」と新居さんは言う。作業の結果、湿地回復まではいかず、陸地化の進行を五年ほど前のままにかろうじてとどめているのが現状のようだ。

 「自然を見て、その美を感じとればいい。残酷さを知ればいい。が、多くの人は身近な自然の営みに目を向ける機会がめっきり減ってしまった」と新居さんは指摘する。

 自然を壊すのも人間、守るのもまた人間。乾燥化する湿地は現代人の「心の乾き」なのだろう。自然との共生を目指す地道な作業が今年もまた、六月下旬に行われる。

群生するモウセンゴケ
群生するモウセンゴケ=高瀬茶業組合提供

モウセンゴケとは
 日当たりのよい湿地に生える多年草。県内の湿地では、ミミカキグサとともによく見られる食虫植物。葉は厚く5ミリ程度。朱色の腺毛(せんもう)を持ち、その先端から粘液を出して虫を捕らえる。これから10―20センチの花茎を伸ばし、6―9月にかけ直径1センチほどの白い花を付ける。群生した姿が毛氈(もうせん)のように見えることから、名付けられた。

文・山下 和彦(報道部) 写真・山崎 義浩(写真部)