21世紀へ残したい香川 読者から公募した「残したい香川」の110選を順次紹介。
HOME > 連載 > 21世紀へ残したい香川 > 長谷の山桜(琴南町)
長谷の山桜 (琴南町) 6年の渇水 樹勢奪う
根強いファンは今もカメラを提げて訪れる=琴南町
根強いファンは今もカメラを提げて訪れる=琴南町
 標高約四百メートルの段々畑の中央に一本だけ立つ「長谷の山桜」。樹齢二、三百年といわれる大木のわきには、かわいらしい祠(ほこら)がある。山里の住民は、この桜を“地の神”として、ずっとあがめてきた。

 「桜が咲いたんで、今年もようや春が来たワ」。葉が出たり、花が散ったり…。住民はこんな桜のうつろいで、サツマイモやキャベツなどの栽培時期を計った。人々の暮らしと自然は一体化していた。

 この桜は県の保存木にも指定されている。隆盛期には、東西二一・五メートル、南北一六・五メートルほどにも枝が張り、威容を誇った。しかし、ここ二、三年は急速に枝枯れが進み、一部を伐採。三分の二程度の大きさになってしまった。

モモを出荷する昭和15年ごろの様子。木箱を積んだオート三輪が14台ほど連なる(飯山町提供)
 静かに生きてきた桜の周囲が平成に入って突然、騒がしくなった。花見シーズンになると以前から、カメラを提げた観光客らがボチボチ現れたが、二、三年ごろにマスコミで紹介されたことで、観光客が殺到するようになった。

 話題の花を一目見ようと、愛媛や徳島、遠くは北海道からも花見客が訪れるようになった。桜の隣で何代にもわたって農業を営む佐野進さん(62)は、遠来の客のために飴湯(あめゆ)を接待、多い日には六百人にもサービスした。「まだまだ肌寒いのでありがたい」と温かいもてなしが観光客に喜ばれた。

 そんな周囲のざわめきの中で、桜の樹勢を衰えさせるきっかけになったのが、六年の大渇水だ。この年のかんばつは、大地にどっかと根差す古木にもさすがにこたえた。

 「当時、桜が枯れるということは頭の片隅にもなかったが、この年はいつもより、二カ月も早く葉っぱが落ちてしまった」と佐野さんは桜の異変を振り返る。この年を境に、徐々に元気をなくしていった。

 そんな桜の異変とは別に、町は桜を観光資源として活用するために動き出した。八年に桜の周辺道路やトイレを整備、多くの車が桜近くまで押し寄せて来るようになった。

見事な枝ぶりを誇ったころの長谷の山桜=平成2年(佐野進さん提供)
見事な枝ぶりを誇ったころの長谷の山桜=平成2年(佐野進さん提供)
 桜の木に詳しい元高校の生物教師、五所野尾優さん(60)=仲南町=は「かんばつに加え、道の整備といった環境の変化が複合されて、一挙に樹勢を衰えさせた」と分析する。

 「よく見ると新しい芽も出ているので、二、三十年すると元通りになるかもしれない。そのためには、周囲の自然をこれ以上破壊しないことが一番大切だ」と五所野尾さんは指摘する。

 枝ぶりは小さくなったといっても、今年も見事に淡いピンクの花を付けた。満開の桜の下で、「何とかこのまま、毎年花を咲かせ続けてほしい」と佐野さんは、妻の徳栄さん(57)と顔を見合わせて願った。

文・木下 亨(報道部) 写真・久保 秀樹(写真部)
<<一覧へ ▲画面上部へ
Copyright (C) 1999-2002 THE SHIKOKU SHIMBUN. All Rights Reserved.
サイト内に掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています
四国新聞ニュースサイトへ